今回の卓話
本日は指揮とオーケストラ・アジアという世界にひとつしかないオーケストラの話をします。
コンダクターは何をしているのかというと、おそらく音楽に合わせて踊っている、私も時々踊っています。基本的には、踊りで音楽を作って発信しているのです。音楽を誘い込むと言うか、英語のinvite 招き入れる、それが指揮の極意です。無理やり音を出すのではなくて、音を聞きながら誘い込んでいます。
指揮者の勉強は楽器演奏者の勉強とほぼ変わりません。ひとつ違うのは、作曲、和声学とか音を積み重ねる学問を勉強します。和音をどう繋げるかという学問と、バッハが確立した対位法、ベートーベンが完成させたソナタ形式など、時代による作曲の変遷などを勉強します。
お手元にある「運命」の譜面は、上からフルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン、トランペット、打楽器、第1バイオリン、第2バイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスという配列になっています。指揮者はこのスコアを頭に叩き込みます。どこに何が載っているか、どういう音が書いてあるかを、時間をかけて覚えます。譜面を見て、ピアノで弾いて、歌って、叩いて、時間をかけて全部覚えこみます。普通のシンフォニーは、1曲35分くらいですが、最初はテンポ通りには譜面は見られません。ちょっと見ては考え、ちょっと見ては覚え、ということを100回も、何日もかけて繰り返します。スコアを全部覚えて、初めてオーケストラの前に立ち、この音はこうしよう、その音は素晴らしいというように、曲をinvite引き込んでいきます。そして何回も演奏し、譜面を見ていると、内容の捉え方、感じ方が変わり、譜面の中から発酵してくるような、新しい発想が浮かんできます。
コンピューターでも音を出せます。譜面を打ち込んで、楽器を選択すると、オーケストラの音が出るのですが、そこには何の感情もありません。人間は呼吸をする。その呼吸と一緒に音楽が流れていきます。歌も、吹奏楽、木管楽器、金管楽器の人たちも息を吸わないと次の音を出せません。ですから、指揮者はどういう息をさせるかが勝負です。指揮棒を速く上げると早い息になり、ゆっくり上げてゆっくり降ろすと、フーっとした音楽を出すことができる。それが、指揮者の動いている意味なのです。たくさん勉強をして、作曲家の背景、どういう時代に生きていたか、こんなテンポだということを調べて、オーケストラの前に立ちます。
「アンダンテ」というスピード記号は、「歩く速さで」という意味ですが、16世紀や17世紀と比べたら現代の歩く速さの方が速いでしょう。ですから、「アンダンテ」という記号も今の時代に合っているかを考えなければなりません。時代とともに、譜面は同じでもクラシック音楽も変わっていく、それが生きた音楽ということです。そのようにして、この指揮者は良い棒を振る、すごい音楽を作るということになります。
ベートーベンの時代には指揮法は確立されていませんでしたが、19世紀の後半に指揮法の基礎が確立され専門職の指揮者が活躍し始めました。日本では齊藤秀雄の齊藤メソードという指揮法があり、私も18才の頃に齊藤メソードを始めました。
ベートーベンの時代の音楽は35人くらいで演奏されていましたが、今は、60人、70人、あるいは100人という大きなオーケストラで演奏します。その大勢の人たちをどのようにひとつの音に呼び込んでいくか、指揮者が勉強したことをオーケストラにどう伝えて、音として出してもらうか、それが一番難しいことです。棒一つを振った時に同じ音を出せるかどうか、どういう発想で、オーケストラにどんな話をして、どんな振り方をするか、それはもう「人間力」で引っ張っていくしかありません。演奏後にブラボー!となるのを狙うのですが、色々なテクニック、技、マジック、色々な手を使うわけです。
「運命」の譜面を見ていただくと分かりますが、最初の音は休符です。八分休符がついています。それがなければ、最初から、タ・タ・タ・ターン、と振ればよいのですが、そうではなくて、ン・タ・タ・タ・ターンなのです。それをどう合わせるのかはとても難しいことです。
リハーサルの時に研究発表をしてしまう指揮者がたくさんいます。 指揮者はものすごく勉強するので、勉強したことをしゃべりたくて仕方なくなる。そうすると、肝心の練習が半分くらいになって、本番で失敗してしまいます。どういう言葉を選んで、何を言えば一番相手に伝わるかという、言葉のセレクトをしなければなりません。
ベートーベンの音「運命」を聴いてみましょう(CD演奏)。弦楽器の音しか聞こえませんが、譜面を見るとクラリネットの音があるのがわかります。こういうのは、譜面を見ないと絶対にわかりませんし、なぜクラリネットが入るのかを考えなければいけない。弦楽器だけでは、どうしても出発点の音が甘くなります。そこにクラリネットが入ると、クリアになり、輪郭がはっきりするので、そのために入れてあるのです。そういうことを発見するとすごく嬉しいですね。
最後に、世界で一つのオーケストラ、オーケストラ・アジアについてお話します。日本の伝統楽器の尺八、お琴、琵琶、三味線に、韓国の伝統楽器、中国の伝統楽器、合わせて72人の編成です。第1二胡、第2二胡、管楽器、太鼓と30種類以上の伝統楽器の編成ですが、把握するのはとても大変なことです。また、マッチングがとても難しい。どの楽器とどの楽器を合わせたらどういう効果が出るかというのは、世界で初めてなので、ものすごく苦労し、難しいことです。
オーケストラ・アジアは、20年ほど前は、年に1回、3カ国を1ヶ月程かけて回っていましたが、最近は情勢が悪く、集まることができません。ただ、オーケストラ・アジアの指揮を通じて経験したことは、やはり本気で向き合わないといけない、ということです。「本気」というのが一番大切なことで、どういう方法で相手に伝わるかはわかりませんが、中途半端では絶対に負けますから、本気で戦っていかないと、音も変わらないし、言うことも聞いてくれません。 あいつは本気だと、言わさなければなりません。
オーケストラ・アジアの音をお聞きください(CD演奏)。農耕民族の音楽です。ベートーベンの「運命」などは騎馬民族の音楽なので、私たちが聞く時はどこか緊張しています。でも、農耕の音楽では、ゆったりできます。この音楽をもっと世界に広げたいと思っています。
もう少しお話したいのですが、時間が来てしまいました。有難うございました。
【卓話編集後記】
稲田様は、2016年ロータリー国際大会がソウルで開催され、2750地区ガバナーナイトに於いて韓国の国楽管弦楽団(通常、国賓来訪時などの公式行事のみで演奏する韓国で最も権威ある楽団)の演奏、舞踏などをプロデュースされました。また、お嬢様がロータリーの青少年交換留学生としてアメリカに留学されるなど、ロータリーとは深いつながりのある方です。 卓話の締めくくりとして、ロータリーソング「四つのテスト」で、ソングリーダーに指揮の指導をしてくださり、例会会場は大いに盛り上がりました。
