今回の卓話
2004年アテネ、2008年北京、2012年ロンドンパラリンピックにライフル射撃競技で出場した田口亜希です。
以前は自分の足で歩き、客船「飛鳥」でパーサーとしてレセプションでの接客や入出港管理など仕事にやりがいを感じながら働いていました。25歳の時、突然身体中に激痛が走り、両足が動かなくなりました。検査の結果、脊髄の中の血管が破裂して中枢神経が傷つき、一生車いす生活だと宣告されました。もう一生働けず、家の中で暮らすのだろう、脊髄の神経をつなぐ手術法が見つかるまで病院のベッドで暮らせばよいと思ったこともありました。
でも、見舞いに来た友人や同僚、上司のキラキラした姿を見て、私も何かしなければと思い直し、車いすでの生活に向けたリハビリに励むようになり、発病から2年半後にバリアフリーの整った会社で仕事に復帰しました。
その一方、同じ病院に入院していた知人に誘われて、趣味としてビームライフル(光線銃)の練習を始めました。実弾の銃は日本の銃刀法の制限がありますが、ビームライフルは銃刀法に関係ありません。そのビームライフルで成績を上げて大会で優勝し続けたところ、コーチに勧められ、所持許可を取って実銃を持つようになりました。
当時は、パラリンピックを目指していたわけではありませんが、色々な大会で好成績を出して、2年後の2004年アテネパラリンピックを意識するようになりました。2年間でランキングを上げてアテネパラリンピック、さらに、その4年後の北京パラリンピックと、2年先、6年先を考えていました。射撃でアテネパラリンピックを意識したときに、いつの間にか、目標を立てている自分に驚きました。射撃を始めて目標ができ、目標のために努力して、前進できました。自分一人の努力だけでなく、支えてくれたコーチや家族、友人、同僚のおかげです。
私の出場種目は、10メートル先の標的を狙うエアライフルと、50メートル先の標的を22口径の火薬銃で撃つライフルでエアライフルは10点圏は0.5ミリの点です。ファイナルに残るためにはメンタルの強さも必要となります。
私の現在の勤務先は日本郵船東京本社で、とても恵まれていると思います。日本では働きたくても働けない障害者がたくさんいます。障害の度合いによりますが、環境さえ整えば普通に働けることを知らない方々がたくさんいます。だからこそ、私たち障害者が、環境が整えば働けることを証明しなければなりません。そのために、私は手を抜かないことを心がけています。障害者には権利と共に義務があります。そして私は、権利や義務よりも自分で出来ることが嬉しく、心地よく感じています。
次にパラリンピックについてお話します。パラリンピックの原点は、英国のストーク・マンデビル病院のルートヴィヒ・グットマン博士が、第二次世界大戦で脊髄を損傷した兵士の治療とリハビリの一環として、また手術よりもスポーツをという理念で、1948年ロンドンオリンピックの年に開催した車いすスポーツ競技大会だとされています。グッドマン博士の「失ったものを数えるな、残されたものを最大限に生かせ」という言葉はパラリンピアンや障害者にとって非常に大切な言葉ですが、この言葉はどなたにもそして様々なシチュエーションで大切な言葉ではないでしょうか。
この大会の最初の競技は、足が不自由でも手で弓を引けるアーチェリーでした。当初は、入院患者の競技大会でしたが、その後毎年開催されて国際大会となり、1960年、オリンピックが開催されたローマで、国際ストーク・マンデビル競技会が行われ、それを現在第1回パラリンピックと呼んでいます。
その4年後、1964年東京オリンピックの後に開催された「第13回国際ストーク・マンデビル車いす競技大会」が、世界で初めて愛称として「パラリンピック」を公式に用い、第2回パラリンピックとなります。
2016年リオデジャネイロ・パラリンピックには159の国・地域・難民選手団、約4300名の選手が参加し、1964年と比べると参加国は7倍、選手は10倍以上となりました。
オリンピックには、Excellence(卓越)、Friendship(友情)、Respect(尊敬)という3つのValue(価値)があり、パラリンピックには、Courage(勇気)、Determination(強い意志)、Inspiration(感動)、Equality(公平)という4つのValue(価値)があります。
東京2020大会には、オリンピック・パラリンピック共通の3つのコンセプト、「全員が自己ベスト」、「多様性と調和」、「未来への継承」があります。
パラリンピックはスポーツ以外にも考えたり、気づかせてくれるものがあります。その中でも多様性と調和につながるのはAccessibilityです。Accessibilityとは、誰もがアクセス可能な快適な世界を作るということです。
WHOの調査では、障害者は世界の全人口の10%、妊婦や怪我をしている人、高齢者を含めると、全人口の20%がAccessibilityを必要としています。こうした人たちが、ご家族や友人にいるかもしれないと思うと、自分のこととして考えてもらえるでしょう。
2020年、それ以降に向けて、東京そして日本ではハード面のバリアフリー化が進みますが、使うのは人です。日本では、障害者用の駐車場やお手洗いを使う健常者が少なくない状況です。これは、悪意があるのではなく、知らないからです。周りに障害者がいない、障害者と共に勉強したり、働いたりする環境ではない、Accessibilityが進んでいないことが問題かと思います。
一方、障害者自身もきちんと意見を言うこと、これ不便だ、これがあると助かる、使いやすかったと伝えることが大切です。昔は言えなかったのかもしれませんが、2020年東京パラリンピック開催を契機に日本でも変わってくるでしょう。
パラリンピックの開会式8月25日まであと383日です。是非、皆様には日本各地で開催されるテストイベント大会と2020年パラリンピックにお越しいただき、選手にエールを送ってください。
2020年パラリンピックは、アスリートや障害者だけでなく、日本国民全員がチームジャパンとして一つになれる機会です。是非、ボランティアや観客として皆様に関わっていただければと思います。
そして、2020年で終わりではありません。1964年のパラリンピックでは障害者の自立や社会参加、社会貢献が考えられるようになりました。2020年東京では、2020年以降のレガシーとして様々なものが残っていくように、そして共生社会の実現に向けて、私たちも意見や思いを伝えていきます。是非皆様にもご協力いただけると嬉しいです。
【卓話編集後記】
2020年東京オリンピック・パラリンピック大会招致では、IOC委員会の前でプレゼンターを務め、現在は組織委員会のアスリート委員、聖火リレー公式アンバサダーなど数多くの役職で活躍中の田口亜希さん。25歳の時に車いす生活になっても、仕事に復帰し、パラリンピック出場という目標を持ったというお話に、勇気と元気をいただきました。来年のパラリンピック開催を待つことなく、誰もが公平にアクセスできる共生社会の実現に近づけるよう、今日からできることに取り組もうという気づきも与えていただいた卓話でした。
