2019年9月5日(木)

今回の卓話

「言語と文化―日本語の特徴―」

東北大学大学院教授
江藤 裕之

皆さん、初めまして。江藤と申します。

今日は、日本語の特徴、言語と文化というお話をさせていただきます。

少なからずの日本の大学、特に大学院では、少子化の影響を受けて学生の募集に苦労しています。そこで頼みの綱となるのが留学生です。私は、大学院で「言語と文化」という演習を担当しており、受講生には留学生も多数います。日本語は難しいかと尋ねると、ほとんどの留学生は、話すことはさほど難しくないが、漢字や色々な表記法があるので書くことは難しいと答えます。また、同意語が非常に多いことも日本語を難しくしているようです。

例えば、「私は(   )を食べた」のカッコに入るのは「イネ」「コメ」「ゴハン」のどれでしょうか。正解は「ゴハン」です。ところが「私は(   )を植えた」になると、正解は「イネ」になります。でも、「パンばかり食べないで、コメを食えよ」と言ったりしませんか。英語ではいずれもriceでよいのですが、日本語では「イネ」「コメ」「ゴハン」と区別されるのです。日本語を勉強している外国人にとって難しいのが、このような単語の選び方です。もちろん、逆のことが英語を勉強している我々にも言えますね。 

中国人が悩むのは漢字の読み方です。中国では一つの漢字には基本的に一つの読み方しかありませんが、日本では多くの読み方があります。例えば、「生」という漢字には、「生の肉」「楽しく生きる」「草が生える」「子が生まれた」「人の一生」「生活が苦しい」「生糸」といった読み方があります。中国人留学生に、これらをどう区別するのかと尋ねたところ、そのまま、このコンテキストの中ではこう読むという風に覚えるのだそうです。

日本語の漢字の読み方には音読みと訓読みがあります。この二つを我々はなんとなく微妙に使い分けています。

例えば、「草原」は、「そうげん」とも読めるし「くさはら」とも読めます。この二つの読み方にはニュアンスの違いがあります。「そうげん」は雄大な広さを感じ、「くさはら」だと近所のコオロギやバッタがいる空き地が思い浮かびます。「市場」を「しじょう」と読むと大きな青果市場や株式市場、「いちば」と読むと買い物かごを下げて出かけていく八百屋とか果物屋、魚屋、スーパーマーケットになります。

「そうげん」や「しじょう」という読み方と「くさはら」や「いちば」という読み方に、どのような違いがあるかを考えてみると、大和言葉である「くさはら」や「いちば」は生活に身近なものであり、「そうげん」や「しじょう」は漢字が頭に浮かばないと分からない、少し離れた遠い感じがあります。

このように、まず大和言葉があり、次に漢語があり、明治以降にはおしゃれな響きのあるヨーロッパの言葉が入ってきました。

私が学生の頃に住んでいたところは、「〇〇荘」というような名前がついていました。ずいぶん前から市民権を得ている言葉のひとつが、「マンション」ですが、このマンションという言葉が大きな誤解をもたらすことがあります。アメリカ人にマンションと言うと豪華な邸宅を思い浮かべます。「マンションを買ったよ」と言うと「おお、すごいな!」というわけです。私たちの住んでいるようなマンションは英語ではコンドミニアムやフラットという言い方をします。さらに、マンションではあきたらず、最近では、メゾン、カーサ、ハイムというような英語以外の言葉も使われるようになってきました。なんとなくおしゃれな感じがするからです。

また、アジェンダ、アセスメント、アカウンタビリティ、スキームなどの言葉が使われるようになり、カタカナ語が氾濫して由々しきことだと嘆く方もいるようですが、このような語彙の流入は、その国語を豊かにするので、文法が変わらなければ、さほど嘆くことではないでしょう。

日本語の三層の同意語、すなわち、大和言葉、漢語、西洋語と分けて考えると、大和言葉は心に響く言葉で、話し言葉でよく使われます。漢語には形式ばったところがあり、レポートなんか書くときはこちらを使います。西洋語はおしゃれな感じがしますが、少し突き放したような感じがあり、さっきあげた「アジェンダ」のように仲間内だけで専門用語のように使われることが多いかもしれません。

日本語と日本文化の特徴の一つは、大和言葉には語彙が少ないことです。例えば、自分が回転するのも、何かの周囲を動くのも「まわる」です。それを「回る」や「周る」のように漢字を使って区別します。語彙が少ないため同音異義語が多く、造語力が豊かです。すなわち、漢字や西洋の言葉から多くの言葉を取り入れることによって語彙を豊かにしてきたのです。

語彙が少ない日本人について、谷崎潤一郎が『文章読本』の中で、次のような考察をしています。
・国語は国民性と切っても切れない関係にあり、日本語の語彙が乏しいのは、我等
の国民性がおしゃべりでない証拠である。
・国民性を変えないで、国語だけを改良しようとしても無理である。
・漢語や西洋語の語彙を取り入れて国語の不足を補うことは結構だが、それにも自
ずから程度がある。

日本人は人前で自分の意見を述べるのに慣れておらず、人前でしゃべることを良しとしない気風があるのではないでしょうか。日本人が英語を勉強してもベラベラしゃべることはできないのです。寡黙で、黙っていても通じる、相手が察してくれるというのが日本の文化です。日本語の構造は少ない言葉で多くの意味を伝える、つまり、沢山の言葉を積み重ねることはせず、察する、沈黙の文化なのです。

これを端的に表すキャッチコピ―を最後にご紹介します。
「男は黙ってサッポロビール」

母語を振り返るというお話でした。 ありがとうございました。

【卓話編集後記】
江藤教授の卓話を通して、留学生の視点からの日本語の特徴や難しさに気づかされ、普段私たちが意識せずに何となく使い分けている言葉の区別について認識することができました。グローバル化が進む社会の中で、言葉にも様々な影響が出ていることや、言葉と文化のつながりの深さを考えさせられ、私たちの母語である日本語を改めて見直す機会になりました。江藤教授のテンポのよい卓話に例会場は笑いに包まれ通しの楽しいひと時でした。