2019年9月26日(木)

今回の卓話

「輝く瞳に会いに行こう」

タイ王国立ダムロンラドソンクロ高校日本語教師
原田 義之

皆さんこんにちは。 只今ご紹介いただきました原田義之です。 私は現在、タイ王国立ダムロンラドソンクロ高校で日本語教師を12年間続けておりま す。 教壇に立つ傍ら、休日にはミャンマー・ラオス・タイの国境地域のアカ族の子ど も寮「夢の家」ほか4つの寮において識字向上支援をしております。

現在、アカ族が住む北タイのチェンライロータリークラブの会員でもあり、2013年7月から1年間第47代会長を務めました。会員全員が現地のタイ人のクラブで日本在住の日本人が会長になったのは、タイのロータリー史上、私が初めてです。

私がアカ族の子どもと出会ったのは、25年前に遡ります。私が勤務していた神戸の会社がタイに工場を作ることになり、訪問したバンコックのホテルのテレビで、北タイ、チェンライの子どもたちがバンコックのNPOから図書を受け取る姿を見ました。引率の先生も子どもたちも粗末な服装でしたが、図書を受け取る子供の瞳は輝いていました。当時私が国際奉仕委員長を務めていた2680地区高砂青松ロータリークラブの国際奉仕予算は10万円、この10万円でタイの図書を買えば、貨幣価値の違いから、50万、60万円相当の図書が買える。そう考えて早速830キロ離れたチェンライに飛びました。

情報もなく、タイ語の読み書きや会話ができない私は、空港でタクシーの運転手に一番古くて有名なホテルに連れて行くように頼みました。到着したワンカムホテルでロータリアンであることを伝え、社長に面談を求めました。初対面のウン社長は、私を10年来の既知の友であるかのように迎えてくれ、その日の夜には7名のロータリアンに紹介され、私のアカ族子ども支援が始まりました。私は、ロータリー入会30年ですが、あの時ほど、直径1センチ、重さ20グラムに満たないこのロータリーバッチが持つ重みを感じたことはありません。

15年間に北タイの36の小学校に図書寄贈を行いました。北タイには様々な民族を抱える学校が多数あります。 図書寄贈の会場でアカ族の青年アリヤさんから、識字のないアカ族の子どもは重労働や麻薬の運び屋、売春といった職につけられている、どうか識字向上支援をしてほしいと懇願されました。

当時64歳の私はロータリーの奉仕の心、奉仕の行動で貧しいアカ族を助けてあげようと決断しました。 早速、週末には、兵庫県国際協会主催の外国人向け日本語講座に通って全課程を終了し、三宮のタイ語教室でタイ文字を覚えました。

そして、北タイ、チェンライの国立ダムロンラドソンクロ高校に行き、この学校で子どもたちに日本語をタイ語で教えさせてほしいと校長に直訴しました。 以来12年間無報酬でボランティア教師として今も教壇に立っています。国立ダムロンラドソンクロ高校は、私の長年の奉仕に対してダムロン日本文化センター原田義之記念室を開設してくれました。

アカ族は、800年前は中国平野部に住んでいましたが、蒙古の襲撃を受けてチベット山中を移動する回遊民族と化して南下を続け、400年前には中国雲南省、100年前に北タイに達しました。 第二次世界大戦の終結によって国境が定まり、それまでの焼き畑農業と母国語のアカ語を禁じられました。生活手段と言語手段を奪われるという最も深刻な差別を受けたのです。

アカ族の月収は1万円、学校は彼らが住む山岳地帯から20キロも30キロも離れていて、子供に識字教育ができない状況です。 国連が規定する識字率は、その国の15歳以上の婦女子が母国語を使える割合です。タイの識字率は92.8%と非常に高いのですが、アカ族の識字率を調べると56%でした。この識字率の低さからアカ族の子どもは、低賃金の労働に従事するか、麻薬の運び屋になるか、売春するかといった現実に直面しています。

ロータリークラブの識字向上支援の重要性、必要性をご理解いただけるでしょうか。教育こそがただ一つの解決策なのです。私にとって、識字向上支援とは単に母国語であるタイ語を学ぶだけではありません。さらに学び続けて優秀な人材に育て上げることが、識字向上支援です。

ダムロン高校の私の教え子であるアカ族の子どもフレンドさんは、高校3年間日本語でトップの成績を修めました。しかし、それ以上の進学を考えていませんでした。 私は彼女を日本に留学させたいと思い、親を説得し、日本各地で彼女の留学引受先を探し求めました。いわき平中央ロータリークラブのロータリアンの支援で、その夢は実現し、フレンドさんは10か月間日本に留学し、日本語検定3級を取って帰国しました。帰国後、日本で私の奉仕を支える「アカ族子供支援基金」の奨学金を受けてラチバット大学日本語科4年で学業トップを修めています。そして、この度日本政府招聘留学生として、国立愛知教育大学に1年間留学することになりました。

このような私の奉仕を見守ってくれた全国のロータリアンが原田を支える会が「アカ族子ども就学支援基金」です。私の著書『輝く瞳に会いに行こう』と1年前に書いた『続・輝く瞳に会いに行こう』の印税をこの基金に入れております。 この基金は里親制度も設けています。

衛生面での支援としては、アカ族の子ども寮にトイレ設置の支援を行い、15の村に浄水器を設置して水支援を行ってきました。 この浄水器の支援によって、水源を巡る民族の争いが解決されました。

私の活動に対して批判や中傷もありました。 しかし、小さな奉仕の心でロータリアン活動をしていきたいと考えて、行動する奉仕として全国で講演しています。

私は再び今月末からアカ族の子ども支援でタイに入ります。 私の目の前のアカ族の子どもたちが、麻薬の運び屋や、売春、そしてエイズを患うような、悪の予備軍になってほしくないからです。

ロータリークラブに入って、奉仕の大切さとすばらしさを教えていただき目覚めることができました。 これからも、日本人、一人のロータリアンとして、北タイの貧困最前線に身を置いて、微力ながら役立って参りたいと考えています。 ご清聴ありがとうございました。

【卓話編集後記】
25年前に出会ったアカ族の子供たちを支援し続ける原田先生から、「アイ サーブ」のモデルと言える国際奉仕の実例をご紹介いただきました。原田先生の卓話を聞くために、アカ族支援活動を応援されている20名以上のロータリアンの方々が福島、京都、岡山など各地から参加してくださり、数多くのクラブとバナー交換ができました。例会場は、奉仕の大切さを再確認するロータリアンの温かいつながりに包まれました。