2020年1月30日(木)

今回の卓話

「『後列のひと』を描き続けるわけ」

ノンフィクション作家
清武 英利

ご紹介いただきました清武です。
私は今、三つ目の人生を生きております。元々は、読売新聞社会部の記者を長く務めました。その後、読売巨人軍の球団代表を務めましたが、その非を訴えて辞めて、今は、ノンフィクションを書いています。

現在、文芸春秋で連載している『後列のひと』は、当初1年の約束でしたが、面白いので続けるように依頼され、2年目になりました。週刊文春では『サラリーマン球団社長』を連載しております。基本的に私のテーマは、組織を支える人です。『後列のひと』とは、例えば、講堂に集まった時に後方にいるような人々のことです。私はそういう人が好きですし、自分もその一人でした。

私が、中部本社の社会部長を務めていた頃に『幸せの新聞』というものを作っていました。新聞を読んでいると悲しいことや怒ることが多いですね。新聞記者がそういうニュースを選んでいるからなのです。私は長い間トップランナーを追いかけ、特ダネを追いかけ、人を傷つけたりもしたので、中部本社社会部長になったとき、これからは1ページだけ幸せの記事で埋めたいと思いました。編集長の私も自分で書き、実際に一年半続けて、後輩に引き継ぎました。

人間には不幸なこともたくさんありますが、例えば倒産した場合、人は倒れたら起き上がるしかありません。そこを捉えると、もしかすると、幸せに向かう道を切り取れるかもしれないと思い、そのようなニュースを積極的に取り上げました。『後列のひと』は、その路線上にあると思っています。

私は球団代表を辞めた後に、『しんがり 山一證券最後の12人』というノンフィクションで、山一證券破綻の際に会社に踏みとどまって清算活動をしたり、破綻の真相について一生懸命追求した人々、今まで全く目立たなかったが、破綻した時点で光り輝くような、心の中に核のようなものを持っている人々を描きました。当時、私は読売新聞グループとの間で6、7件の関連の裁判を抱えて、1年間に証人尋問が何度もあり、大変緊張しておりました。そのようなときに、山一證券の人々は今何をしているのだろうと思って取材したところ、自分自身の苦しみや怒りは大したものではないと思えました。

この『しんがり』で講談社からノンフィクション賞をいただき、その後『プライベートバンカー』や『石つぶて』を書き、少し前に『トッカイ』を書きました。『しんがり』と『石つぶて』はWOWOWでドラマ化されており、『トッカイ』も多分ドラマ化されるでしょう。『トッカイ』とは、不良債権の特別回収部のことで、整理回収機構の中で日本の不良債権を回収するために歩いた人々の実話です。私はずっとノンフィクションを書いているので、そういう人々に心打たれるところがあります。

『後列のひと』では、心打たれるような人、胸の奥をつかまれるような人を探しています。本当はそういう人々がたくさんいると思います。本日も、この卓話の後、特攻兵士のための旅館を経営されていたご夫婦の話をお伺いすることになっています。そういう人々を探していく作業は、大変厄介で面倒ですが、お話を聞くと何時間でも聞くことができるようになりました。人の人格はそう簡単に分かるわけがないので、私は1回会っただけではまず書きません。3回、4回と会い、色んな取材をします。聞いたお話は可能ならばテープに録音して全文を書き起こします。新聞記者は基本的に人が言ったことを書くわけです。言わないことは書いてはいけないので。しかし、人は本音をなかなか言わないものです。言わんとするところをどう汲み取るかが大事なのです。

よく、人間は肉体が滅びただけでは死なない、その人を知る人が亡くなった時にその人生がこの世界から消えるといいます。でも、自分を知っていると思う人が、本当はどこまで知っているのでしょうか。人間はプリズムのような多面体ですから、自分だけが知っている自分、他人が知っている自分、他人も自分も知らない自分があるかもしれません。そういう多面的なものを何とかして残すべきだと思います。

この会場には、亡くなられたときに新聞の死亡欄に載られる方が何人もいらっしゃると思います。業界の用語で「亡者記事」と言います。私もあるいは載るかもしれませんが、私は自分を知らない若い記者に書かれたくないので、自分で亡者記事の予定稿を書いています。自分の亡者原稿を書くのに大事なことは何歳で死ぬかと考えることです。私は今69歳ですが父の人生を超えたいと思っているので、79歳、80歳くらいまで頑張りたいと思っています。例えば、79歳で死ぬとしたら、あと10年あります。その10年間に何をやるかを考えなければいけません。亡者原稿にはまだ実現していないことも書き入れるのです。私は最後に桜の盆栽家と言われたいので、亡者原稿には、晩年は桜の盆栽家としてこのような作品を残したというように書きます。そうすると、亡者記事が死亡記事ではなく希望記事のようになります。

また、死ぬまでに自分がやりたいことのリスト、「バケットリスト」を作るという方法もあります。これは、モーガン・フリーマンとジャック・ニコルソンが出演した映画、邦題の課『最高の人生の見つけ方』で非常に有名になりました。バケットリストには自分が本当にやりたいこと、欲しいものを書いて、実現したら消していくことが大事です。私は、「ノンフィクションの賞が欲しい」と書き、実現したのでそれを消しました。バケットリストには出来るだけ実現可能な、しかし最大限の努力を要するものを書き、人に見せずにひとつずつ実現していきます。そしていつか残された人が亡者原稿と合わせて知ることになるでしょう。

今、週刊文春で連載している『サラリーマン球団社長』では、阪神電鉄の傍流の部長が、ある日突然「阪神タイガースに出向せよ」と言われて、全くの素人が球団社長となって再建するという話を書いています。私は巨人から阪神を見ていて、本当に不思議な球団だと思いました。1リーグ6チームでやっているのだから6年に1回は優勝できるはずなのに、15年以上も優勝できないのは自然の理に反しています。球界七不思議のひとつです。それを変えようとして、サラリーマンの目からみた経営改善、改造に取り組む苦労と壁を描いています。球団社長としては安い給料でしたが、それでも頑張るという気持ちを支えていたのは、あきらめたらあかん、という後列人の意気地です。タイガースファンの方々、阪神タイガースを甘やかしてはいけません。 

どうも野球の話になると熱を帯びてしまいますが、本日は、亡者原稿とバケットリストのことだけ覚えておいて下さい。どうもありがとうございました。

【卓話編集後記】
今回の卓話では、困難な問題に直面した時、それまで目立つこともなかった人が力を発揮して道を切り開いていく姿を描いたノンフィクション作品を発表している清武様のお話を伺いました。清武様の作品は読者に勇気と感動を与えていますが、その陰には、描かれている人たちの声に耳を傾けしっかりと聞くという取材への強いこだわりがあったことに感銘を受けました。 また、死ぬまでにやりたいことのリストを作るだけでなく、新聞の死亡記事「亡者原稿」を自分自身で書いておくというお話は、残りの人生をどう生きるかを考える大事なヒントになり、会員の方々もなるほどと思われたようです。