今回の卓話
ご紹介いただきました水原将です。よろしくお願いします。
私は今、池尻大橋で5席の会員制のお店を経営しております。元々はウィスキーの専門店を経営しており、ミュージシャンと飲食店の二足の草鞋で全国の小さなジャズクラブをツアーで回っておりました。日本各地の美味しいものを食べていたので、自分のウィスキー専門店で提供するのも良いかと思ったのですが、予算の問題があり、その夢は潰えてしまいました。その時に、自分は皆さんに何を提供するのが正しいのかと原点に立ち返ることができました。
その頃、多くの日本酒の専門店に行き、店の方に話を聞いたのですが、難しい話ばかりされて興味が全く湧かないという体験をしました。もっと面白おかしく、日本酒を深く理解しながら、舌と心に刺さる味を提供できないかと考えたのが、日本酒にのめり込んだきっかけでした。当時は、燗なんて安酒でするものだと思っていたので、勉強と称して、毎日冷たい酒を一日8合くらい飲んでいました。しかし、翌日には二日酔いでひどい頭痛になり、続けることができなくなりました。果たしてこの飲み方が正しいのだろうかと思い、また自分で歴史から調べるようになりました。酒蔵見学で訪れたお燗が好きな蔵元さんから、酒は温めて飲むのがデフォルトなのだという話を聞いて、ますます燗酒の世界にのめり込んでいきました。
お燗をすると何が違うかというと、翌日がとても楽なのです。ひょっとしたら1升超えても大丈夫かもしれないと思うようになりました。そして、自分が日本酒のスペシャリストとしてやる仕事は何かということも考えました。私が扱う日本酒はどれだけ飲んでも翌日に残らず健康的に飲めること、それをきちんと説明できるのが、お燗番というプロの仕事だと思うようになりました。
お燗番は、ただ酒を温めているだけではありません。酒を一つの食材だと捉えています。特に純米酒は水と米と米麹だけで作った素材そのものです。温め方にはきちんとしたプロセスがあり、それを間違えると焦げた焼き魚や焼きすぎた肉のような感じの酒になってしまうのです。お燗嫌いの人はこのような体験をされたのではないかと思っています。
実はこの三日間、寿司一貫に対して燗酒一杯をペアリングする催しを行いました。とても面倒でしたが、コハダ、マグロ、貝類では味わいが全く違うのですから、さまざまな寿司を一つの酒でまとめることはできません。中には、何故冷たい酒を出さないのかというお客さんもいました。それに対しては「お寿司を食べる時に冷たい水で合わせますか」と言いました。冷たいお茶や水は寿司と一緒に口に入れると生臭みが目立つのです。私が気持ちを込めて炊き上げた燗酒を飲んでいただいて、なるほどと納得していただきました。
私が日本酒をやり始めてから話すようになった言葉ですが、ウィスキーは最強です、ワインは最高です、でも純米酒のお燗は無敵なのです。なぜ、こういうことを言うかというと、無敵の概念は、武道でいえば誰も手を出さなくなり、みんなが仲間になることだと思うからです。
例えば、ウィスキーと合わせる食材として思い浮かぶチョコレート、ナッツ、アイスクリームは、お燗した日本酒に合わせると口の中でとろけてとても美味しいです。逆に日本酒に合う食材の刺身をウィスキーに合わせたらどうでしょう。嫌ですよね。次にワインと合う食材のチーズは、日本酒のお燗では口内調味で溶かすことができ美味しく味わえます。ステーキもお燗の熱で肉の脂を溶かすことができるので美味しく食べられます。逆に、日本の発酵食品のイカの塩辛や数の子をワインと合わせたらどうでしょう。口の中で合わせるととんでもない味になります。日本酒は全てを口内調味してきれいに調和するので苦手食材がありません。だから無敵なのです。
ただ、お燗番にとって一番の鬼門が魚です。蒸留したアルコールが含まれる本醸造酒であれば、アルコールの力で生臭みを少し抑えてくれますが、純米酒と魚をペアリングすると生臭みを誘発する場合があります。先ほどお話した三日間の催し、寿司一貫に燗酒一杯のペアリングは本当に難しかったのですが、選びに選んで熱を加えた燗酒で生臭みを抑えました。
日本酒が一番合うのは刺身や魚だと思っている方が多いかもしれませんが、肉や天ぷら、また日本酒と合うのかと思われそうな中華料理やタイカレー、インドカレーも純米酒と非常に合います。なぜなら、日本人はこうした料理をご飯で合わせるようにイノベーションをかけてきたからです。
私はミュージシャンなので、ペアリングという概念を考えた時、ライブの曲順と一緒だと思いました。食事をバンドだと捉えています。そしてボーカリストを酒と見立ててペアリングしています。兵庫の奥播磨という酒は、香りがあってざらざらしている質感です。私はジョー・コッカーみたいな酒だと例えています。皆さんよくご存じの獺祭は寝かせることが難しく、エイジングが進まない酒ですので、私は大地真央と呼んでいます。埼玉の神亀はエルビス・プレスリーのようなスターの味で苦手食材はほとんどありません。
私は、嘉永元年に創業した福島県郡山にある仁井田本家という全量純米の蔵元公認のお燗番をやらせていただいています。郡山のジャズクラブにツアーで訪れた時に見学させていただく良い酒蔵として紹介されたのが仁井田本家でした。蔵見学の時にお燗した酒をふるまっていただいたのですが、これが美味しくなかったのです。そこで、私が替わって燗付けして蔵元に飲んでいただいたところ、「うちの酒、こんなに美味しいのか」と言われました。蔵元は酒を造っている人で、酒のことを何でも知っていると思いがちですが、役割が違うのです。養豚農家がとんかつを揚げるのがうまいか、松阪牛を育てている農家が最高のビフテキを焼けるか、答えはノーです。彼らは造るプロで、私は提供するプロです。その時に仁井田本家から、うちのお燗番になってと言われた次第です。
今この段階でも、冷たい酒も美味しいと思っている方もいらっしゃるでしょう。ここで、はっきり申し上げます。冷たい酒を飲んでいる内は、まだまだ酒のことを理解されていません。機会がありましたら、たった5席しかない店ですけれども、よろしかったら皆さん、お越しいただけたらと思います。
こういう機会を与えて下さり、感謝申し上げます。有難うございました。
