今回の卓話
ただいまご紹介に預かりました柴田あゆみです。切り絵の作家をしております。
切り絵と聞くと、皆さんは落語家の黒い紙を切る薄い二次元の切り絵を思い浮かべると思いますが、私が作っているのは立体の切り絵になります。自分の作品を説明するのに良い言葉がまだ見つからないので、まずは写真や作品をご覧いただいています。
普段は、手のひらに乗るくらいの小さなサイズの作品やティーポットの中に入るくらいの小さな世界を作っています。実はこの小さい中に何層にも詰まった切り絵の世界が広がっています。外からは全く見えないのですが、中の方に細かく切り絵を施してあります。
私はグラスの中の小さな切り絵の世界の中には、何億もの命が広がっているというイメージで制作しています。作品の中には、本のように何層にもレイヤーを重ねて作るものがあります。煩悩の数と同じ108ページを重ねた作品もあります。外からは見えない内側の各レイヤーにも細かく切り込みを入れて、各レイヤーの層が時間の重なりというイメージで作っています。本は前から読んで、最後後ろで閉じる。これは生命と同じだと思っています。巻き戻したり、後戻りすることはありません。一枚一枚が時間であり、それぞれの時間に物語や思い出があります
なぜ、外から全く見えない内側に切り絵を施すのか。それは私が子供の頃に両親からずっと言われてきた、お天道様は見ているよという言葉が心に強く残っているからです。誰も見ていないからこの程度でいいや、というのではなく、お天道様、それは神様であり自分の心が見ていると考えています。みんなそれぞれ神様から分け御霊のような美しいものを授かって生まれてきています。ですから、自分の中の神様を尊重して、心を込めて制作しています。
色付きの切り絵を作らないのかと、よく海外の方からご質問を受けるのですが、私はこだわって白い紙を使っています。日本の文化の中では、例えば神道や仏教では、白い紙に神様が宿ると考えるところがあります。お祓いの時にも白い紙が使われています。高野山ではしめ縄の代わりに白い紙を貼って場を清めています。障子や書道の半紙など身近な素材として白い紙が使われてきました。白い紙には自然界のマナ、エネルギーや精霊といったものが宿ると思っています。ですから、こだわって白い紙を使っています。白い紙で世界を切り出すことによって、マナやエネルギーが楽しみに遊びに来てくれる、そんな世界が作れたら良いと思っています。
私がなぜ切り絵をやっているかをお話いたします。
私は10代のころ音楽活動をしていました。18歳くらいのときに、夜遊びをして家に帰る月曜の早朝の電車で、乗客の皆さんが疲れ切って苦しそうなのを目にしました。とてもよく働く日本人の皆さんが月曜の朝一番に疲れている光景を見て、心が痛くなりました。現代は時間に追われ、お金に追われ、やることに追われ、メールに追われと、色々なものに追われています。あまりにも多くのことに追われすぎて、頭の中はもう次にやることがトントンと出てきて、まるで機械のようになってしまっています。
私たちの生活はとても豊かで便利になりました。今この世界があるのは私たちの祖父母や両親が必死の思いで築き上げてくれたからです。蛇口をひねればお湯が出て、屋根がある場所で安心して眠れて、飛行機や電車、車ですぐに移動できる。こんな時代は地球の長い歴史の中のほんの一瞬の奇跡のような時間だと思います。しかし、こうした機械化と引き換えに、地球の声、大地の声、私たちの魂の小さな声はどんどん聞きづらくなっています。社会が急速に発展して便利になっている一方で、人の心が置きざりにされていると感じます。便利な時代だからこそ、人の心が置いていかれないように、技術が発展するとともに人の心も発展して欲しいと思っています。今こそ、しっかりと考えて、心とは何か、日本人が世界と輪になって何ができるかということを考えるきっかけになればという思いから、私は切り絵にたどり着きました。
私は自分とは何か、日本の何を知っているのだろうと思い、ニューヨークに渡りました。最初は1,2年で、自分というものが分かるのではないかと思っていましたが、1,2年では何も分からないままでした。少しずつ自分を発見していき、生まれた場所や自分の家族、日本の文化の素晴らしさを一つずつ発見していきました。そしてアメリカに渡って8年経って、ようやく細いながらも一本の芯が立ちました。
その間、文化も言葉も分からず、時間の流れも速いニューヨークで、私はよく教会に行きました。扉を閉じれば周りの音は一切聴こえない静寂の世界、そこでよく瞑想をしていました。ある日教会で長い瞑想をして、目を開いた時に足元に広がるステンドグラスの美しい光を見ました。その瞬間、光の美しさに心が震え上がりました。小学校の図工の時間に黒い紙をカッターナイフで切って、カラーセロファンを貼って、簡単なステンドグラスを作ったのがとても楽しかったことを思い出し、すぐに紙とセロファンとカッターナイフを買って、家に帰って作り始めました。時間を忘れるほどただただ楽しく、夢中で作った切り絵の美しさに自分の心が歓び、和らぎ、私自身に戻れるという感覚を感じました。そんなきっかけで始めた切り絵は、気づけばもう12年になります。
さまざまなところで作品を展示させていただく機会があり、先日は丸の内KITTEで大きな作品を展示しました。そして、今年の12月1日から西武池袋で大きな巡回型の森の中に入ってご覧いただける展示を2週間開催いたします。また、12月半ばから来年6月いっぱいまで現代美術館で開催されるクリスチャン・ディオールの展示では、ガーデンという紙で作った壮大な庭を制作、プロデュースさせていただいています。機会があれば、是非皆様ご覧いただいて切り絵の世界に入っていただけたら幸いです。
本日はありがとうございました。
Q&A
Q: 卓話のタイトルに機械化とありましたが、作品にはどの程度機械を使われていますか。機械化の意味をご説明いただけますか。
A: 作品は全て手で作っています。タイトルの機械化の意味ですが、現代では何もかもが機械化されていますが、やはり大切なのは人間の心だと思います。機械に助けてもらうところと、人間にしかできないところ、ここを大切にしたいと思っています。
