今回の卓話
皆様こんにちは。トラベルドクター株式会社代表取締役、医師の伊藤玲哉と申します。
まず、自己紹介ですが、平成元年生まれの33歳です。昭和大学を卒業して京都で研修したときの体験が今の自分につながっています。私が医師を目指したのは、幼い頃喘息で何度も入院しこのまま死んでしまうのではないかと怖い思いをする中で、病気が自分らしく生きるのを制限すると考えるようになったからです。また、うちは代々地域医療を担う医師の家でした。喘息が起きて父に息が苦しいから助けてと訴えると、父は吸入器を準備してそっと私の口元に当てて、喘息が治まるまで寄り添ってくれました。そんな父を見て、人が辛い時に寄りそう父のような医師になりたいと思うようになりました。そして、私が5歳の時に母が亡くなり、人には必ず最期がある、永遠に生きられない、そういう命の重みや大切さを幼い頃に認識したことも理由の一つです。
これは、病室の天井の写真です。今日本で亡くなる年間140万人の内の75%の方は医療機関で最期を迎えています。この病院の天井は年間100万人の方が人生最後に見ている景色です。私たちや皆様の大切な方が75%の確率で見るかもしれない景色です。人生100年時代、医療の発達は目覚ましいものがありますが、人には必ず最期があります。今の医療で治せない病気の方に何ができるかを考えていた時に、一人の余命わずかな患者さんに「旅行に行きたい」と言われました。その願いを叶えたいと思って他のドクターや旅行会社、航空会社、宿などを走り回りました。しかし、何かあったら危ない、辞めておいた方が良いと言われて時間だけが過ぎ、結局その患者さんは病室の天井を見上げながら、悔しいと言って亡くなりました。この体験から、他の患者さんにも尋ねてみると、温泉に入りたい、家族旅行に行きたい、お墓参りに行きたい、故郷に帰りたい、娘の結婚式に参加したいなど、病院や自宅で出来ない体験、つまり旅行がしたいと思っていることがわかりました。そこで、今の医療機関や在宅医療では出来ない、新たな医療の形として、病気で諦めていた旅行を叶える旅行医、トラベルドクターになろうと思いました。
ただ、多くの方は病気で旅行を諦めています。病気で不安があり、旅行に行くためには誰かの助けが必要だという医療介護の問題、独居や老々介護、子供が有給休暇を取りづらく旅行の同行者がいないという問題、さらに、どこに相談すれば良いのかなどの情報がないという問題があります。そして一番大きな問題は、病気が進行する中で時間だけが過ぎていくという時間の壁です。
先程の「何かあったら危ない」という漠然とした不安感が旅行の最大の壁だと考え、旅行に行けるように一つずつ解決して、医療と旅行の隙間を埋めて旅行を叶える立場の旅行医になろうと思いました。最初の数年間はボランティアとして土日に活動していたのですが、上司からそれは自己満足ではないかと言われました。私が叶えられる旅行者の数は週に1人、年間50人。日本で1日に亡くなる方は4,000人です。やはり、仕組みを作らないと世の中は変わらないと思い、大学病院を辞めて、経営をしっかり学び、2年前にトラベルドクター株式会社を立ち上げました。まだ始まったばかりですが、各地からお問い合わせをいただくようになり、おひとりおひとりの願いを叶えています。今は全ての旅行に私が同行していますが、全国から相談をいただくので、全国にトラベルドクターのチームをたくさん作っていきたいと考えています。
自宅から出られない寝たきりの方でも移動できるように、ストレッチャーが乗れるようなリフトがついた旅行専用の福祉車両を買い、私がプロドライバーの二種免許を取って実際に運転して沢山の方々の旅行を叶えています。
実際のご旅行の話をさせていただきます。
末期がんで余命2週間と主治医から宣告を受けた70代の男性は、生まれ育った熱海の海を見たい、そしてもう一度温泉に入りたいと願いを持っておられました。この方は鼻に酸素の管をつけて、眉毛が少し下がって、眉間にしわが寄り、どことなく寂しそうな、私が医療現場で出会ってきた多くの方々と同じような表情をされていました。ところが、熱海に行くために家を出た瞬間に表情が変わりました。酸素の管をつけているものの病気があるようには見えません。それまでは食欲もなかったのに、駅弁をほぼ完食に近いくらい召しあがりました。熱海に着いて車いすでビーチに行くと、帰ってきたという表情でじっと海を見ていました。気づくとシャツのボタンを外して海に入る気満々になっているほど、病気のことを忘れて童心に帰っていました。温泉に浸かったときも本当に気持ち良さそうにされていました。酸素の管を外してしまい、本当なら苦しいはずなのに、全然苦しそうではありません。これは旅行の不思議な力で、旅行中は痛みや辛さが和らぐようです。私は旅行処方という表現を使うのですが、痛み止めや抗がん剤は患者本人にしか効かず数時間しか効きませんが、旅行は家族や他の医療者にも効き、世代を超えて何十年とこの旅行が家族に受け継がれていく、それが旅行の持つ処方という形だと思っています。
旅行に行きたいという言葉の奥には、今を生きたいという願いが込められています。私は医療現場で患者さんからずっと、死にたい、死にたいと言われていましたが、初めて患者さんに「いきたい」と言われたのが、この「旅行に行きたい」という言葉でした。文字は違いますが、患者さんの生きる方法を医療の力で支えることができればと思っています。
今はまだ、病気になったら旅行はできないというのが社会の認識ですが、5年後10年後には旅行に行くのが当たり前になることを本気で目指して、一歩一歩取り組んでいます。
Q&A
Q: 先生と患者との最初のつながりはどうやってできるのですか。
A: 半分以上は在宅診療をしている主治医が、患者さんから旅行に行きたいという言葉を聞いてつなげていただいています。ご家族や患者ご本人から直接相談に来られることもあります。
Q: 旅行に行って元気になられると思いますが、その後の余命は伸びるのでしょうか。また地域医療を担われていたお父さんの医院は今どうなっているのでしょうか。
A: 奥様に会いたいと願われた方は危篤状態でしたが、願いを叶えた2日後に亡くなりました。やはり治らない病気の方が多いので、すぐに亡くなる方も多いのですが、余命1週間で娘さんの結婚式を叶えた方はその後数ヶ月間、ご飯も食べるようになり箱根旅行にも行かれるほど元気になりました。 父には医院を継ぎませんと宣言しましたが、親孝行したいという気持ちもあり、父が元気な内にこの仕組みを作って、父の病院を継承できるようにしたいと思っています。
Q: 費用はいくらぐらいかかるのでしょうか。
A: 多くのコストがかかるのが今の課題です。先ほどの熱海の旅行を叶えるとすると2泊3日で大体100万円くらいです。それでも赤字に近いくらいです。一部の富裕層だけのサービスにしたくないという思いがあり、規模が大きくなり拠点が増えれば今の費用の半分くらいは削減できると思っています。
Q: 素晴らしい活動をもっと広げていくためにどうすればよいとお考えでしょうか。
A: 一番のネックは人です。重度の病気を抱えた方の医療を旅行中も守るためには医師の存在は欠かせません。今は、私しか旅行に同行できる医師がいないのが一番の問題になっています。将来的にはオンラインで医師が見守る遠隔医療でサポートして旅行ができる仕組みを作りたいと思っています。
Q: 患者が旅行に行きたいと言っても医者は旅行はダメだということが多いようですが、是非患者の思いを叶えるようにしていただきたい。
A: 今旅行を叶える一番のネックは医師だと思います。医師が患者のことを思って旅行を辞めるように言ってしまい、そこで諦める方が多いです。医師を変えられるのは医師だと思うので、こういう旅行が叶えられると医師の背中を押してくれるような医療者を増やしていきたいと思っています。
