2023年2月2日(木)

今回の卓話

【Zoom】「シリコンバレーから見る日本の医療」

スタンフォード大学 主任研究員
池野文昭

ご紹介ありがとうございます。今日は「シリコンバレーから見る日本の医療」についてお話させていただきます。

この2年から3年、世界中がコロナで苦しんでいます。軍事だけでなく、医療も国家安全保障の重要な柱であることが一般的に認識されるようになりました。医療や介護、健康増進も含めたヘルスケアサービスの市場規模は今後大きくなっていきます。日本では、就労者数でみると医療福祉関係が2030年には最大の産業になります。

日本は、面積は小さな国ですが、世界192カ国中第11位という人口が非常に多い国です。そして、65歳以上が全人口に占める高齢化率が非常に高い国です。将来もっと高齢者が増えて2060年には40%近い高齢化率になると言われています。他の国々でも同様に高齢化は進行しています。日本は65歳以上の人口が世界第4位です。65歳以上の高齢者は病気になりやすく、がんの罹患率は一気に上がり、心臓病、脳血管障害、肺炎も同様です。年を取ると病気になるのは仕方ないのですが、何とかしなければいけません。

経済の視点でみると、高齢化によって成長率は右肩下がりになります。企業の平均年齢はどんどん上がり、年功序列でいけば給料も上がるということになります。どうすれば良いかを考えると、超高齢化社会の日本においては、ヘルステックによる予防医療と医療機器、医薬品、バイオで経済を成長させ、日本国民の身体的、精神的、経済的、社会的な健康を確立するために、私の専門である医療関係のビジネスで付加価値の高いイノベーションを起こすことができないかと考えています。自動車のようなコンシューマープロダクトは高齢化が進む日本では売り上げがどんどん伸びることは期待できませんが、医療関係のビジネスは伸びると予想されます。但し、付加価値の高いイノベーションを起こさなければなりません。

私自身は静岡県のへき地で地域医療に従事していましたが、2001年4月にアメリカに行き色々と驚きました。例えば、カリフォルニア州のGDPは世界第5位、州民一人当たりのGDPは日本の約2倍です。なぜ、カリフォルニア州がそれほど強いのか。その理由はスタートアップです。私が在籍しているスタンフォード大学はシリコンバレーの真ん中にあるのですが、スタートアップで有名になりました。1939年果樹園の畑の中にポツンとある三流大学であったスタンフォード大学の工学部長フレッド・ターマンが優秀な学生二人を見つけて、東海岸で就職せずにこの地で新しい会社を作れと言って出来たのがヒューレット・パッカード社でした。その後さまざまな人が新たな会社を起業したりサプライヤーが集まったりして、今のシリコンバレーになりました。シリコンバレーの一番の特徴は、アントレプレナー精神というマインドセットだと思います。

シリコンバレー以外でも、例えばアイルランドは国民一人当たりのGDPが世界第1位です。その理由の一つは、1980年代半ばから医療機器に産業をシフトさせたことです。工場誘致から始まり、農業やその他の産業に従事していた人が医療機器の工場に勤めるようになってある程度豊かになり、子供の教育にお金を使うようになり、優秀な大学で学力をつけた子供が新たな医療機器のスタートアップを作るようになりました。このように40年かかりましたが、高い教育を受けた若い人たちが挑戦するという仕組みでGDP世界第1位になったのです。

2007年に登場したiPhoneは評論家や専門家の前評判では売れない、特に日本では売れないと批判されていました。しかし実際には、日本でも発売日には長蛇の列ができました。この人たちは評論家の言うことを聞かない馬鹿者だと言われましたが、馬鹿者ではなく実は若者だったのです。私の郷里静岡出身の本田宗一郎は、今起きていることを、年寄りは過去の経験知識が邪魔して正面から受け取れないと言っています。終戦直後にソニーやホンダといった今の日本の大企業を当時起業した人たちは比較的若い人たちが多かったと言われています。

昨年岸田内閣もスタートアップ元年と位置付けていますが、スタートアップをやるのは人です。特に比較的若い人たちが斬新な考え方でチャレンジをしていきます。スタンフォード大学でも起業家精神育成講座がありますが、教育機関ですので商品を作るのではなく、イノベーティブな商品を作れるような優秀な人間を育てることに重きを置いています。教育はすぐに結果が出るわけではありません。計算すると損をしているコストセンターだと評価される可能性がありますが、人材育成を怠った国は過去の歴史を見ると全て滅びています。その意味で、我々日本人も、将来の日本を作っていけるリーダーシップのある人、イノベーションを起こせる人を育てることに軸足を置くのが長期的には非常に重要だと思っています。

日本はサッカーワールドカップの常連国になりましたが、1968年メキシコオリンピックで第3位になり、そこから「キャプテン翼」という漫画が登場し、それを読んだ少年、例えば三浦知良が15歳で単身ブラジルに行き、その後ドーハの悲劇や、ヨーロッパに行って挑戦する選手たちがいて、やっとワールドカップの常連になりました。ここまで来るのにやはり40年。50年とかかっているわけです。一朝一夕では世の中は変わりませんが、少なくとも人に対する投資は行わなければいけないと思います。私は医療が専門ですが同時に教育者でもありますので、人を作ることが将来の日本にとって非常に重要だと思っています。患者様のために、いつの時代もすべての中心は人であり、そして患者さんがいることを忘れずに行動していきたいと思っております。ご清聴ありがとうございました。

Q&A

Q: 以前安倍総理が5年で200社のスタートアップをシリコンバレーに送りこむと発表し、昨年萩生田経産大臣がバイオデザインを訪問して5年で1000人の起業家を派遣すると言いました。先生はどのような印象を受けられたでしょうか。

A: シリコンバレーに若い人を送ることに対して、アメリカかぶれの碌な人間ができないとか、たかだか1,2週間で人間が変わるわけない、税金の無駄遣いだと批判する人が多いです。私自身は少しアメリカに行っただけで人生が変わった人間です。実際に2015年から始まったジャパンバイオデザインも今8期生が来ていますが、1,2週間来るだけでもマインドセットは変わります。安倍総理の「始動」というプログラムでかれこれ数百名シリコンバレーに来ています。彼らを観察するとやはり皆チャレンジをしています。彼らは経験を積めば次世代の人を教育するかもしれないし、周りの人に良い刺激を与えるかもしれません。そういう意味で若い人に対して機会を与えることは無駄ではないと思うので、一朝一夕に結果は出なくても、人に対する投資は絶対に惜しんではいけないと思います。

Q: 先程の本田宗一郎さんの話は、うるさい上の衆がいないから楽に仕事が出来たという話ですが、アメリカにはうるさい年寄りはいないのでしょうか。いる場合はそれを克服できる文化はあるのでしょうか。

A: シリコンバレーにもうるさい年寄りはいっぱいいます。但し、うるささの種類が違います。彼らは若い時に成功したにせよ失敗したにせよ、少なくとも挑戦した人たちです。シリコンバレーは若い人だけでスタートアップが立ち上がり成功しているわけではありません。重要なのは、その挑戦者である若い人たちがイノベーションを起こせるように支えるメンターの存在です。メンターの共通点は若い時に挑戦していることです。彼らが若い人にイノベーションを起こせるようにしています。日本でなぜできないかというと、日本ではメンターのレベルで、スタートアップに挑戦した人がいないからだと思います。

Q: アメリカの男女差別の実情について教えてください。

A: 日本と比べるとアメリカの男女差別は10分の1以下だと思います。但し、シリコンバレーは男性が比較的マジョリティを占めていますが、やる気のある女性ならアメリカに来た方が生活しやすいかもしれません。

Q: 若者にとって憧れの場所シリコンバレーで挑戦できるルートにはどのようなものがあるのでしょうか。

A: 一番の問題はビザです。若い人が取りやすいのは学生ビザですので、手っ取り早いのは大学に入ることです。それ以外では、優秀な人であればアメリカの企業に雇ってもらう。もう一つは日本の企業のシリコンバレー支社に駐在員として赴任し、人脈を作り、日本への帰国命令がでたら辞めてアメリカの企業に就職するという方法が考えられます。もう一つの裏技として、永住権のくじ引きに応募するという方法もあります。実は私はこのくじ引きに当たって永住権を獲得しました。