2023年7月20日(木)

今回の卓話

「ウクライナ人道支援の現場」

認定NPO法人 難民を助ける会(AAR Japan)
東京事務局広報 兼 関西担当
中坪央暁 様

ロータリアンの皆様、こんにちは。ご紹介いただきましたAAR Japan難民を助ける会の中坪と申します。本日はウクライナ人道支援の現場ということでお話しいたします。私はつい先日、モルドバへの出張から帰ってきたばかりです。ウクライナのキーウを訪れた時には空襲警報が鳴って地下に退避するという経験もしております。

AAR Japan難民を助ける会は1979年に設立された40年以上の歴史があり、「日本生まれの国際NGO」としては最大規模の団体です。日本国内を含め、現在世界16カ国で難民支援、開発途上国の障がい者の自立支援、災害被災者の緊急支援などを行っております。創設者は既に故人ですが、明治生まれのバイリンガルのエネルギッシュな女性、相馬雪香です。明治から昭和にかけて活躍した政治家で「憲政の神様」と呼ばれた尾崎行雄の娘です。AARは日本国内、アジア、アフリカを中心に活動しており、昨年からウクライナとモルドバが加わりました。

ウクライナの人道危機のキーワードは「難民の9割は女性と子供たち」ということです。昨年2月24日にロシア軍のウクライナへの軍事侵攻が始まり、大量の難民が主にEU圏に逃れています。今、海外にいる難民が約800万人、国内避難民が約600万人にのぼり、第二次世界大戦以降で最大の人道危機と言われています。

ここでAAR のウクライナ人道支援の活動についてご紹介いたします。

いくつかの支援事業を行っておりますが、その一つが、ウクライナ国内にいる国内避難民に対する支援です。ポーランドのワルシャワに拠点を持つ修道会と連携して、ウクライナ西部のテルノピリ州にある修道院に身を寄せている避難民に対して、食料支援や医薬品、子供服などの衣料品を届ける支援を昨年3月から継続しています。また、AARのサポーターであるアウトドアグッズの企業モンベルから提供されたTシャツを現地に届けたほか、子供たちの通学や支援活動のために、ポーランドで中古車を調達して提供しております。ちなみにAARは特定の宗教を背景とする団体ではなく、修道会とはあくまで信頼できる現地協力団体として連携しています。

ウクライナの隣国モルドバの首都キシナウには私どもの現地事務所があり、日本人駐在員が常駐しております。

モルドバには、いわゆる難民キャンプは存在せず、大学の学生寮や公的な保養所などが難民を受け入れる滞在施設になっています。モルドバでの難民支援では、昨年3月以降、難民が身を寄せる大学の学生寮に食料を届けたり、現地のレストランと提携して温かい食事を提供したりする活動を行いました。

モルドバ北部では、現地のコミュニティから無償で家を提供されたウクライナ難民のために、現地の協力団体と連携して食料や生活用品、ストーブを焚くための一冬分の燃料を届けました。また、私どもがモルドバ現地の協力団体と共に運営する交流施設は、ウクライナとモルドバの子供たちが交流する場となっています。7月11日には、モルドバの首都キシナウに、難民が集うコミュニティセンターを新たに開設しました。

モルドバは非常に小さくて経済力も脆弱な国ですが、心の温かい人たちばかりで、ウクライナ難民をなんとか自分たちのコミュニティで支えようと奮闘しています。

大きな柱の一つである、ウクライナ国内の障がい者支援活動をご紹介します。ウクライナ国内には知的障がい者と身体障がい者を合わせて約270万人の障がい者がいます。もちろん、ウクライナには社会福祉制度がありますが、戦時下のため、政府や行政の障がい者対策は非常に滞っています。そこで私たちは、ウクライナの障がい者団体に資金や物資を提供する支援活動を行っています。障がい者施設では、ロシア軍による意図的な電力インフラへの攻撃による停電に悩まされていたため、この冬に発電機を調達して届けました。「日本の支援で発電機が届いた時には、みんなが涙を流した」と現地から報告を受けました。

もう一つの支援活動はウクライナの地雷対策です。ウクライナ国内にはロシア軍が埋設した地雷がたくさんあり、これが難民の帰還や復興の妨げになると予想されています。私たち自身が地雷除去の活動をしているわけではありませんが、イギリスのヘイロー・トラストという地雷除去を専門とするNGOと連携し、資金提供や情報共有を通じて、地雷の除去を進めております。

このウクライナ危機がいつまで続くのか。報道によるとプーチン大統領は非常に苦境に立たされており、軍の統制も効かなくなっているという話もありますが、プーチンとしては引くに引けない状況のようです。ウクライナ市民に話を聞くと、実はウクライナ側もこの戦争を辞められないという現実があります。ウクライナ国内の至る所に2014年以降の戦死者の遺影が張り出されています。私たちは昨年2月に戦争が始まったと認識していますが、現地ウクライナの人たちにとってロシアとの戦争は、2014年のクリミア併合、あるいは東部ドンバス地域の占拠から始まって8~9年続いていると受け止めています。多くの犠牲を払ってでも、奪われた領土を奪還するまで戦争を止めない、これはゼレンスキー大統領だけでなく、多くのウクライナ国民の考えだということを私は現地で色々な人の話を聞いて実感しました。

とはいえ、ウクライナの人たちはこの戦争が長引くことを望んでいるわけではありません。私がボロディアンカという町で出会った中年の女性は、「二人の息子のうち一人は2年前に東部戦線で戦死し、もう一人も今、ロシア軍と戦っている。愛する息子を二人とも失ったら私は生きていけない。この戦争は一体いつ終わるのでしょうか」と問わず語りに話しました。私は何も答えることができませんでした。奪われた領土を奪還するまで戦争を止めないというのが大きな世論であると同時に、一日も早く戦争が終わってほしいというのも、ウクライナ市民の偽らざる気持ちだと思います。

私たちの人道支援もいつまで続ければよいのか分かりませんが、仮に戦争が終わっても、難民が帰還し、国土を復興するには長い時間がかかります。長期的にこの支援活動を続けていく必要があると考えます。

皆様のお力添えをよろしくお願いいたします。ありがとうございました。