2023年9月14日(木)

今回の卓話

「七代目が語る二宮金次郎」

親子をつなぐ学びのスペース「リレイト」 代表
中桐万里子 様

皆様こんにちは。只今ご紹介いただきました中桐と申します。

私自身は二宮金次郎の七代目にあたります。幼い頃、祖母から繰り返し金次郎の話を聞いて、すっかり金次郎オタクとして育ちました。私にとって二宮金次郎は、家の中で聞いて育った遠いおじいちゃんといった存在です。皆様にとっては、二宮金次郎のイメージは、小学校の校庭などでお馴染みの、薪を背負って本を読んでいる像でしょうか。私たち家族が金次郎の像を見る時に注目してきたのは、手に持っている本や背負っている薪よりも、小さく一歩前に出ている足でした。この像のメッセージはどんな時もくじけず、あきらめず、小さな一歩を大事にすることを伝える像なのだと言われてきました。

二宮金次郎は、今から200年ほど前の幕末を生きた人物です。今の神奈川県小田原市で生まれ、明治維新を見ることなく栃木県で亡くなっています。農民として生まれ農業人として人生を送りました。当時は異常気象や自然災害が続き、農業、つまり経済にダメージを与えたことで政治が動乱に向かっていったと言われる時代でした。その中で金次郎が取り組んだのは被災地の復興、再建でした。生涯で600以上の村の再建に関わるという実績を残しています。ちなみに、大人になった金次郎は身長182センチ、体重94キロという大男でした。

当時の小田原は、金次郎が生まれる少し前の富士山噴火による火山灰の影響に悩まされていました。火山灰のために土地が荒れて、今までの作物が作れなくなっていました。さらに冷夏が追い打ちをかけて、主産業の米が実らなくなっていました。誰もが火山灰や時代、自然、冷夏、身分、状況が悪いからうまく行かないのだと言って、足を止めていた時代でした。しかし金次郎は、それは全てに目をつぶって現実から逃げていることだから何の意味もない、大切なのは目を開けて現実と向かうことだと言い、火山灰や冷夏を活かそうとする考えが大切だと言いました。のちに小田原周辺では、火山灰の土質を活かして煙草や落花生の栽培で有名になっていきます。目の前の現状を活かし、実践して、幸せに生きることに徹底的にこだわったのが金次郎でした。

金次郎は、仲間たちから、様々な困難の中で何故前向きに一歩を踏み出そうとするのか、そのモチベーションはどこから来るのかと尋ねられました。彼は目の前をよく見ることからなのだと答えたそうです。ただ見るだけでは智恵は浮かばないし、道は見えてこないし、モチベーションも湧かない。重要なのはよく見ること、単純な事実を見落とさないことだと言いました。例えば、立派な大木も、小さな木の実から長い時間をかけて今の姿へ育ってきています。その時間の中にはさまざまな出来事があったであろう。つまり、よく見るということはプロセスを知ること、そこに宿るドラマに思いをはせることであり、時間軸でものを見ること、時間が流れているという単純な事実に気づくことが大事なのだと金次郎は考えていました。

身体の眼だけを使うのではなく、心の眼を開いて見ること、「心眼」と言う言葉を金次郎は好んで使っていました。それは難しい話ではなく、まさに想像力、イメージする力です。心の眼を開いて何気ない日常を見れば、頑張っているのは自分だけではなく、沢山の仲間の働きでこの社会が成り立っていることに気づくのではないか。そうしたドラマが見えるからこそ、もう一歩先へと踏み出すモチベーションへとつながっているのです。

金次郎は時間軸のことを「徳」と呼びました。すべてのものが「徳」を持っていると考えました。リアリストであった金次郎は「徳」を良いところという意味では使っていません。良いところに見えるか、悪いところに見えるかは好み次第、相性次第、価値観次第だからです。火山灰は米との相性は最低ですが、煙草や落花生にとっての相性は最高です。では、良いとか悪いとかではなく、大事なことは何かと問われた時、金次郎は今ここに存在している事実、現実が大事なのだと言いました。なぜ存在しているのか、それは諦めなかったから、くじけなかったから、逃げ出さなかったからです。つまり、あらゆるものが「徳」を持っているとは、あらゆるものに傷や壁を超える力を持ち、その実践の証としてここに存在している、大変価値があるものだという意味なのです。そういう「徳」を発掘しながら一歩進むことを、金次郎は「報徳」と呼びました。報徳というと、頑張れば報われるという風に考える方が多いようですが、実際には、頑張って報いようという意味の言葉です。

まずはよく見ることから始めよう。何もできない赤ん坊だった自分が、途方もなく多くの人に育てられ、教えられ、サポートを受けて、今ここにいる。では、今度は自分に何ができるだろうと発想していくこと、しっかりと「徳」を受けて、その上で報いていこう、恩返しをしよう、そのように動き出せばモチベーションを高く持ってやっていけるのではないかと金次郎は言いました。多くの人たちのおかげでここまでやれた、その幸せを確かに受け止めて、その上で自分なりの実践を考える、そんな実践スタイルを金次郎は提唱していました。それがまさに、まずは心の眼を開いて色々なものとのつながりに気づくこと、自らの心の田を耕すことで仲間とのつながりを感じ、前に進もうと思える原動力だったのです。

金次郎は、世のため、人のために頑張るというよりは、むしろ仕事を与えてくれた殿さまや、支えてくれる家族、仲間やお弟子さんたちに報いたいと思っていました。こうした確かなつながりが大事なモチベーションになっていたと語っています。受けた「徳」に報いていこうとする恩返しの思想が金次郎の実践のモデルでした。それが時間軸を持っていることから、単なる恩返しではなく、「恩送り」と呼ばれる構造ではないかと言われています。江戸時代に「おんくり」と呼ばれ、これが未来を作る方法だったと言われています。

実はこのロータリーとも金次郎は深いつながりがあります。日本にロータリークラブを設立した米山梅吉さんは、かつて金融界の二宮金次郎と呼ばれていました。また、ロータリー発祥の頃に、国際大会で「ロータリアン以前のロータリアン二宮金次郎」という講演をされた大阪の方がいらっしゃったと聞いています。ロータリーにおける友愛と奉仕の考え方が、二宮金次郎の根っことも何かつながるような感じもしています。

よく見ること、目を開けることが大切だとお話しましたが、よく見ることの達人になった時に生まれる言葉が「ありがとう」です。「ありがとう」の反対語はきっと「当たり前」でしょう。ただ見ているだけだと、全てが普通や当たり前にしか見えません。でもよく見ると、尊さや奇跡などに出会い、一歩を踏み出す力になるのではないでしょうか。「ありがとう」探しの達人になることが、次の「ありがとう」を生み出す創造の原点なのかもしれません。

ご清聴ありがとうございました。