2024年4月18日(木)

今回の卓話

「村上開新堂 百五十周年を迎えて」

村上開新堂 代表取締役
山本道子 様

只今ご紹介いただきました山本道子でございます。今日は私どもの店のお話をさせていただきます。村上開新堂は明治7年、1874年に麹町で洋菓子店を開業し、今年で創立150周年を迎えました。

私どもの150年の歩みということで、村上開新堂の歴史を少しお話いたします。私の曽祖父、村上光保が初代になります。曽祖父は武士として京都の方におりましたが、皇室の仕事をすることになり、明治2年に天皇が東京に移られるときに付き従って東京に参りました。お菓子のことを何も知らない状態で、明治3年に横浜でフランス人からお菓子作りを習い、明治6年頃まで横浜におりました。フランス語もわからないまったくの素人でしたから、とても苦労したと思います。その後、鹿鳴館などで供されるお菓子も作るようになりました。当時はオーブンも薪を使うオーブンで熱も安定せず、大変であったと思います。

明治38年の開新堂の店舗の写真を見るとティーサルーンというお茶を召し上がれる場所も写っています。店のショウウィンドウには飾り菓子を置き、とてもモダンであったと思います。明治43年に開催された英国博覧会に小田原城を模した城を飾り菓子で作って金牌を受賞しました。

二代目の村上一政は私の祖父の兄にあたります。フランス語で苦労した初代が暁星に入れてフランス語を学ばせました。二代目はフランスの料理書や料理雑誌を訳して二郎の菓子作りを支えました。その後、私の祖父村上二郎が三代目を継ぎました。三代目の二郎は職人としての能力にすぐれ、色々なことをやっておりました。戦時中に「ヒットB」という大変カロリーと栄養価の高いものを作りました。これは栄養補給用の携行食で、戦後は南極やマナスル登頂の非常食としても使われました。終戦後はお菓子づくりだけでは難しく、かといって祖父も父もお金に追われるのも嫌だということで、日本経済新聞社の社員食堂、特別食堂をやったこともありました。

昭和40年に現在の場所に住まいと共に店舗を移転し、四代目の母がレストランを始めました。今日にいたるまでレストランもご愛顧をいただいております。そして、私は主人のアメリカ駐在でニューヨークに5年間滞在し、1974年に帰ってきた後、「ドーカン」という食事ができる小さな店を半蔵門の新宿通沿いに開きました。その後、1990年の建て替えを機に、「山本道子の店」という名前の店を開新堂ビルの一角に開きました。

村上開新堂はご紹介制で、ご登録のあるお客様にご予約でお菓子をお譲りしております。私はもう少し街に扉が開いている店も必要だと思っていました。物づくりが継承したものだけを作ることの繰り返しになると、どこが美味しいのか、こうすれば美味しいのではないかといったことを考えなくなり、空洞化してしまうのが一番怖いことです。そういう意味で、自分たちで開発し、それをお譲りしてお客様の反響をうかがう形にしたいと思い、建て替えを機にどなたにもお買いいただける「山本道子の店」を開店しました。

開新堂のクッキーは0号缶から5号缶まであります。なぜ0号かというと、父が1号缶よりも軽くて少しお安いものがあれば皆さんが使いやすいのではないかということで作ったので0号になりました。

クッキーはすべて手でぎっちりと詰めておりますので、非常に重たいです。見た目よりは食べでがあると思います。3号缶で1200グラム、1.2キロの重さがあります。0号缶は470グラムです。

生菓子は、1個ずつくるんであったり、ケースに入ったりしています。戦前には皇族方が箱ごとお手元に置かれることもあり、直接お菓子に触らずに、お手でおつまみになれるような形にしたようです。お見せしているのは40個入りの生菓子です。普通のおうちでは食べきれませんが、楽屋見舞いなどに使われます。

今年の150周年の祝い菓子を皆様に召し上がっていただきました。このお菓子は元々大きい角形に焼き、小さく切って、銀紙に包んだ私どもの伝統的なダークフルーツケーキです。私どもはこれを「ウイデン」と呼んできました。この「ウイデン」をクグロフ型という型の真中にドーナツ状の穴があるもので焼き上げたのが、今回の記念菓子です。大きく焼くと、焼成に時間がかかり、重厚な仕上がりになります。クグロフ型で焼くと、同じ生地を使いながら、熱の抜けがよく、軽やかなお菓子になりました。
「ウイデン」は英語のウェディングがフランス語訛りでウイデンになったのか、今となっては、よくわかりません。ただ、こうしたフルーツケーキはイギリス発祥ですが、クリスマスをはじめ、いろいろな行事の時のお菓子のベースになっています。フランスに浸透したイギリス菓子も、初代がフランス人から習ったものです。イギリスのクリスマスケーキとクリスマスプディングは、スパイス・ドライフルーツ等の材料が殆ど同じです。前者はオーブンで焼き、後者は蒸して作ります。このプディングに添えて供されるソースがハードソース。バターと粉砂糖を練って、多くの場合はラムやブランデーを加えたものです。これをフランス語で言うと、ソースデュール。そしてこれは英国風なので、アングレーズ。昔からクッキーに挟むバターのクリームをうちでは「アングレーズ」と呼んできました。一般的に知られるアングレーズソースは卵黄・牛乳・砂糖などをしずかに熱したとろっとした、デザートソースです。開新堂では初代がクリスマスケーキとクリスマスプディングを習い、商品としてのプディングは残らず、ハードソースだけがアングレーズの名で、クッキーに挟むバタークリームとなったのでしょう。

古いものでも様々な見方をすれば、また違うものが紡ぎだせると思います。古くからつながってきたものは惰性になると、とたんに魅力がなくなってしまいます。私たちが持っているものをどうやっていけば、生きているお菓子、新鮮で脈打っているお菓子として皆様にお譲りできるのかなというのが、私にとっての長年のテーマの一つです。

焼き上げる熱がどう伝わるかで同じものがすごく違うということを別のお菓子を作る時に実感したので、今回の記念菓子では、熱の抜けの良い型で作ってみたのですが、大きな違いが生まれました。このようにして、祖父が残したたくさんのものの中で、自分が気になるところは一か所ずつ変えていけばよいと思っています。

そんなことで、今年は私たち、大変充実した150周年を迎えております。
ありがとうございました。