今回の卓話
皆様、こんにちは。本日は東京山の手ロータリークラブの卓話にお招きいただき、大変光栄に存じます。グラフィックデザイナーの麹谷宏と申します。
私がグラフィックデザインという世界に足を踏み入れたのは、若い頃に偶然好奇心という面白い概念に出会ったことがきっかけでした。これが「デザイン」だということを知り、心惹かれ、以来70年もの間、この世界に身を置いてまいりました。本日は、その長きにわたる経験の中で得た、グラフィックデザインに関する多角的なエピソードをご紹介しようと思っておりましたが、ロータリアンの独特の性質を思い出し、少しばかりお話の方向を変えさせていただければと思います。
実は、私の5人の兄弟のうち2人がロータリアン、そして2人がライオンズクラブに所属しており、若い頃から両団体の活動に触れる機会がありました。どちらも社会貢献という素晴らしい志を持った団体であることは理解しているのですが、兄弟たちの様子を見ていると、その活動のスタイルには少し違いがあるように感じていました。ロータリーの弟たちは穏やかなタイプ、一方、ライオンズの弟たちは少しばかり活発な印象を受けていました。
しかし、どちらのクラブの方々も非常に好奇心旺盛だったことを思い出しました。好奇心は大切なデザインのマインドです。そこで今日のテーマは好奇心イコールデザインの煽りです。
ロータリークラブのルール「一業種一人」というものがあった時代のロータリアンは積極的な人たちが多かった。異業種、異世界への興味…多様な人々が集まることで、様々な視点や価値観が交わり、新たな発想が生まれるという意味では、面白い仕組みだと思っていました。異なるものに対する関心。興味、好奇心はデザインの原点、文化の発展の要素です。
日本の文化を振り返ると、外来のものを積極的に取り入れ、独自の形に昇華させる力に長けていると感じます。宗教が良い例でしょう。日本には元々「神道」がありながら、そこに「仏教」が伝来すると、仏教文化圏の様々な文化も一緒に取り入れ、神仏習合させながら、どちらの文化もより豊かに発展させてきました。これは宗教に限らず、私たちの生活を取り巻く文化全体に言えることで、外から入ってきたものや異なるものをうまく組み合わせ、成長してきたと言えるのではないでしょうか。グラフィックデザインを学ぶ過程で、私は常々その日本の文化の特性を興味深く思っていました。
文学の基ともいえる「文学」についても中学校で初めて日本の歴史を学んだ時、日本には文字がなかった時代があったという話を聞き、大きな衝撃を受けました。しかし、先生は「なかったのではなく、まだ文字が生まれる過程にあった若い国なのだ」と教えてくださいました。近くに便利な漢字があったから導入したのだと。その説明に、当時の私は納得しきれませんでしたが、今思えば、日本は漢字を取り入れながらも、それを発音記号として活用し、さらにカタカナやひらがなといった独自の文字を生み出した、素晴らしい応用力を持った民族だと言えるでしょう。元の形をアレンジしたり、縮小したり、コンパクトにしたりする特性このように、日本の文化の特長は外来文化との混血、混合の「ハイブリッド文化」です。ここには古来からの日本のデザインマインドがあります。例えば、古代では中国から伝わった団扇を折りたたんで携帯できるようにしたり、近代では大きな蝙蝠傘を折りたたみ傘にしてポケットに入れて持ち歩きできるようにしたり、といった工夫は、まさに日本の文化の特徴を表していると言えるでしょう。海外のデザイン関係者と話をしていると、「日本の縮みの文化」は興味深いテーマとして認識されているようです。
その根底にあるのが「デザインの力」だと私は考えています。デザインとは、既存のものをより良く、より美しく、あるいはより使いやすく変えていくことです。しかし、単に形を変えるだけでなく、そこには工夫や知恵が凝らされています。「デザイン」という言葉が本当の意味で一般的に使われるようになったのは、比較的最近のことです。私が若い頃に魅了されたグラフィックデザインという分野も、当時はまだその言葉が一般的ではありませんでした。しかし、デザインという概念自体は、古代エジプト文明にも見られるように、遥か昔から存在していました。それが、戦後になってようやく日本にも浸透し、現在では政治、経済、医学など、あらゆる分野で当たり前のように使われるようになりました。もし、私たちがもっと早くから、デザインという意識を「デザイン」という言葉と共に日々の生活や仕事に取り込んでいたら、もっと面白いことが起こっていたのではないかと、私は常々感じています。ただこの重要な、そして興味深い現象とこの「デザイン」というコトバをいつも認識しているだけで、日常の仕事や生活の中でのものの見方や感じ方が変わってくるはずです。
私が設立に関わった「無印良品」という商品コンセプトも時代のライフスタイルの問題意識の中から自然発生的に生まれたものでした。シンプルに生きたい!というトークの産物でした。1980年代、バブル経済に向かう中で、世の中はブランド品や高級品ばかりになり、昔からあったような質素で実用的なものが失われつつありました。そのような時代へのアンチテーゼとして、「普通」の価値を見直し、シンプルな商品を開発しようというライフスタイルのリ・デザイン議論が、デザイナーやアートディレクター、コピーライターといったクリエイターたちの間で交わされ、この「シンプルライフ」というデザイン提案が「無印良品」の誕生につながったのです。
しかし、クリエイティブな発想は、決して特別な才能を持つ人たちだけのものではありません。例えば、毎日冷蔵庫にあるもので献立を考え、家族のために食事を作る主婦の方々は、まさに日々の生活をデザインしていると言えるのではないでしょうか。限られた食材の中で、栄養バランスを考え、飽きさせない工夫をする。これは日常的な大変な創造的な作業です。ビジネスの世界でも同じです。ビジネスに関わる全ての人がクリエイターであると言えます。デザインという視点を持ってビジネスを見つめ直すと、思考が整理され、変化し、広がりこれまでとは違った発想が生まれてくるはずです。
デザインとは、特別な勉強や訓練をするものではなく、物事の本質を問い直し、「本当にそうなのか?」「何か違う視点はないか?」と考えることから始まります。その基本的な考え方を頭の片隅に置いておくだけで、日常の中に面白い発見があるはずです。皆様はそれぞれの事業において、既にクリエイティブな活動をされているはずです。もう少しだけデザインという視点を意識することで、さらに面白い展開が生まれるかもしれません。
遊び心でデザインの概念を応用してみた例をいくつかご紹介したいと思います。私は若い頃からワインが好きで、60年近く飲み続けています。そのきっかけは、青年時代の数年間をパリで暮らしたことでした。生活の中でワインに触れるうちに、その味だけでなく、ボトルの背景にある物語に魅せられるようになりました。日本に帰国後、まだワインが一般的ではなかった時代に、私は友人たちにワインの魅力を伝え、一緒に楽しむようになりました。1970年の大阪万博が終わった後、各国のレストランが残したワインが集められ、当時、日本でこれほど多くの種類のワインが一堂に会したのは初めてだったかもしれません。私の友人の商社がそれを担当した縁で、少しずつ分けていただき、友人たちと世界のワインを飲み比べました。おそらく日本で最初の世界ワインのテスティング大会だったと思います。ここから多くを学び、日本の生活や食に合わせたワイン会を工夫し発信し続けました。すべてが、ボランティア活動でしたがボジョレ・ヌーヴォーの日本への紹介、導入などのアイデアには高評をいただき、フランス政府からはシュヴァリエ勲章をいただきました。これもデザインのおかげです。
また、俳句という遊びも昔から楽しんでいます。先生について自分流に自由に学ぶのではなく、仲間内で面白い句を出し合い、わずか17文字の中に凝縮された物語を楽しむのです。そんな中で、日本にはワインを楽しむ文化は根付いてきたのに、ワインを詠んだ俳句がないことに気づき、「ワインを詠む」ことをテーマにした俳句会を始めました。素人ばかりですが、歳時記を参考にしながら、ワインに関する季語を創り出すのが目的です。例えば、温めたワインは「ヴァンショー」、「玉子酒」と同じなので冬に飲むことが多いから冬の季語になる、ボジョレ・ヌーヴォーの解禁日は11月だから秋の季語になる、といった具合です。そのような限定されたテーマで俳句を作るのは、意外なほど面白い物語が生まれるもので、これもまたデザイン的な発想だと感じています。
さらに、私は茶の湯も若い頃から嗜んでおりまして、ある時ふと、「お茶」は日本の「ワイン」は西洋のおもてなし。ならば双方習含め遊びに仕立てられるのでは?と気づきました。そこで、ワインと茶の湯を組み合わせた、新しい茶会を構想してみました。茶道具は全てワインに、ちなんだものを用意し、茶杓はブルゴーニュの葡萄の木の枝を削って作り、茶碗はワインボトルを溶かして自作まさに「ワイン茶会」です。このように、道具を工夫することで、全く新しい自分のお手前を生み出すことができるのです。これもまた、デザインの力だと思います。「そんなことはできるの?」という固定観念を、「これはデザインだ」と捉え直すことで、心の中で可能性が広がり、実際に形にすることができるようになるのです。
本日は、予定していたグラフィックデザインの多角的なエピソードというテーマから少し離れ、「デザインのススメ」といった方向でお話させていただきました。皆様、どうか「デザイン」という視点や感性を常時頭の片隅に置いてあなた専属のデザイナーを育て対話を楽しんでください。そのうちきっと、あなたの人生に思わぬ愉快なことがおこりますよ。
本日はありがとうございました。


