第1726回例会:2025年7月24日(木)

今回の卓話

「次世代に向けた取り組みについて」

日本体操協会副会長・アテネオリンピック金メダリスト
鹿島丈博

体操選手時代の競技成績

この歴史ある東京山の手ロータリークラブの皆様、本日は貴重な機会をいただき、ありがとうございます。

後藤様とは20年以上の長きにわたりご縁をいただいており、私がセントラルスポーツで選手として活動していた時代からお世話になっています。パリオリンピックにおける選手たちの活躍も、皆様のご理解とご協力があっての結果と感謝しております。

現在は、大東文化大学スポーツ科学科で准教授をしており、主に器械運動、初年次教育、コーチングなどに関する科目を担当しております。

主な競技成績としては、2002年のデブレツェン世界選手権であん馬初の銅メダルを獲得しました。翌2003年の世界選手権では、日本人初となるあん馬での金メダルを獲得に加え、鉄棒でも金メダルを獲得することができました。

2004年アテネオリンピックでは、28年ぶりの男子団体総合の金メダルを獲得し、多くの方の記憶に「栄光への架け橋」とともに残っているのではないかと思います。2008年北京オリンピックで団体総合で銀メダルを獲得し、内村航平選手が初出場したこの大会で引退しました。

引退後の活動と体操界への貢献

引退後は男子ナショナル強化本部でロンドン、リオオリンピックの強化に携わりました。JOCの在外研修制度を利用し、2年間アメリカのスタンフォード大学でコーチングを学び、海外での体操の盛り上げ方を参考に、日本の体操界を盛り上げる活動をしてきました。

2017年から2023年度まではジュニア強化部長として、ジュニア選手の育成に尽力。その時の選手たちが東京やパリオリンピックで活躍しているのを見るのは、選手時代以上に緊張しますね。

今年の6月からは日本体操協会の専務理事を務めています。体操競技だけでなく、組織全体の取りまとめや普及活動、組織改革にも携わっており、日本体操協会の理念でもある国民の健康と競技力向上をモットーに、トランポリンや新体操など幅広い活動を行っています。

日本体操界の現状と未来への挑戦

体操競技はオリンピック以外では注目度が高く無いのが現状で、国内で開催される大会も他競技に比べると少ないのが現状です。大谷翔平選手のように他のスポーツが大きく取り上げられる中、体操をいかに普及させていくかが私たちの課題です。

私自身、3歳から25年間体操競技を続け、引退後も協会に携わり、これまで17年、体操一筋で生きてきました。この競技に育てていただいた恩返しとして、若い選手やスポーツを頑張る子どもたちに少しで還元したいというもあり、本日のテーマも「次世代に向けた取り組み」とさせていただきました。

体操の起源は古代ギリシャに遡り、日本は1932年のロサンゼルスオリンピック初参加から、金メダル36個、総メダル数107個を獲得する体操大国へと成長しました。内村航平選手や小野喬先生、加藤澤男先生といった偉大な先輩方が多くのメダルを獲得し、特に1960年代から1970年代にかけて、世界選手権とオリンピック団体総合で10連覇という偉業を成し遂げ、「体操王国日本」を築き上げました。しかし、1980年のモスクワオリンピックのボイコットを機に、日本は長く苦しい低迷期に入ります。アテネオリンピックで優勝するまでに28年もの歳月を要しました。

かつては新技の開発などの理由により「技術の秘匿」が行われ、個々の能力を高めることが重視されてきた時代がありました。その結果として選手強化に繋がらなかったという反省もあります。現在では若い世代から積極的に海外での経験を積み、国際交流を通じて競技力を高める取り組みを進めております。パリオリンピックでは選手たちが「メイク・ニュー・ヒストリー」をスローガンに掲げ、自分たちの手で新しい時代を築こうと意欲的に取り組んでくれました。

その成果として日本男子体操はANOCより「ベストナショナルチーム・アワード」に選ばれ、選手がヨーロッパで授賞式に出席してきました。

萱選手の「絶対諦めんな」という言葉にも象徴されるように、こうした姿勢や精神が次世代に引き継がれ、それを見た子どもたちが「私も頑張ろう」と思ってくれることが何より嬉しいです。

体操にはまだ多くの課題がありますが、子どもたちへの普及活動や、東京での国際大会開催ができるように、そして体操の魅力を発信する「GALA」というイベントの企画など、様々な取り組みを進めております。これからも体操の魅力を伝え続けていきたいです。

本日はどうもありがとうございました。