第1728回例会:2025年8月7日(木)

今回の卓話

「蔦屋重三郎と喜多川歌麿が彩る江戸の浮世絵 ~大河ドラマで再発見する美の世界~」

浮世絵コンシェルジュ・美人画研究会主宰
畑江麻里

■江戸の浮世絵研究について

美人画を専門に浮世絵を研究しております、畑江麻里と申します。本日は、現在放映中の大河ドラマでも注目を浴びている版元(出版人)・蔦屋重三郎と、彼が手掛けた絵師の中でも特に著名な喜多川歌麿を中心に、江戸の浮世絵が織りなす美の世界についてお話させていただきます。

はじめに、本日初めてお目にかかる方も多いかと存じますので、自己紹介を兼ねて、私が主宰しております「美人画研究会」を中心に、これまでの活動についてご紹介いたします。私は幼い頃から着物が好きで、大学院で浮世絵を研究した後、都内の区立博物館で美術の専門員として学芸業務に携わってまいりました。現在は各地での講座や研究会の開催、メディア出演、大学でのゲスト講義などを通じて、美人画を中心に浮世絵の魅力をわかりやすく伝える活動に取り組んでおります。

■蔦屋重三郎の生涯と吉原

蔦屋重三郎は、大河ドラマでも描かれているように、屋号と名前から「蔦重(つたじゅう)」という愛称で呼ばれていました。吉原で生まれ育った彼は、その幅広い人脈を活かして、後に日本橋で出版業を成功させます。

吉原は明暦の大火で焼失後、浅草寺裏へ移転し「新吉原」と呼ばれるようになりました。東京ドーム二個分強に相当する広大な面積を持ち、周囲を黒板塀で囲まれた独立した街です。吉原というと遊郭のイメージが強いかもしれませんが、実際には町人、武士、学者、芸術家など多様な身分の人々が集い交流する社交的の場でした。

絢爛豪華な花魁道中や、仮装イベント「吉原俄(にわか)」については8月30日の美人画研究会で詳しく触れますが、吉原での文化体験が蔦重の感性を大きく育んだのです。

■才能を見出した稀代のプロデューサー

蔦重は、初期には吉原のガイドブックとして知られる『吉原細見』の出版も手掛けており、吉原の情報文化に深く関わっていました。そして、版元として初めて刊行したのが、生け花を遊女になぞらえた趣向の遊女評判記『一目千本』で、粋な世界観で話題を呼びました。それを機に勢いに乗った蔦重は、名のある老舗の版元・西村屋与八とともに、遊女のファッションカタログとしての機能もあわせもった錦絵シリーズ《雛形若菜初模様》を手がけました。

蔦重は単なる出版人ではなく、まさに稀代のプロデューサーでした。彼が手掛けた絵師には、美人画で一世を風靡した喜多川歌麿の他、わずか10ヶ月で姿を消した謎の絵師・東洲斎写楽、後に世界的に高い評価を得る葛飾北斎など錚々たる顔ぶれが名を連ねています。彼の大きな業績は、そうした才能ある絵師を見出し、個性を引き出して、企画として世に送り出した点にあります。

■喜多川歌麿と美人画の世界

蔦屋重三郎が手掛けた絵師の中でも、美人画において一世を風靡したのが喜多川歌麿です。歌麿は、美人画で名を馳せる以前に、虫たちの生態を精緻に描いた絵本『画本虫撰』などで観察力の高さを発揮していました。やがて蔦重のもとで人物の顔を大きくクローズアップして描く「大首絵(おおくびえ)」という手法を美人画に取り入れ、女性の顔やしぐさを繊細に描写するスタイルを確立します。

代表作《當時三美人》では、人気の茶屋娘である難波屋きた、高しまひさ、そして吉原の芸者・富本豊ひなという実在の女性を描き分けています。歌麿は、美人画に「似顔表現」を取り入れ、それぞれの個性を際立たせました。しかし、幕府の寛政の改革により、実在する女性の名前を記すことが禁じられ、蔦重と歌麿は大きな規制に直面しました。それでも二人は創意工夫を重ね、多くの傑作を生み出していきます。

浮世絵は、当時の流行のファッションや髪型、文化を凝縮した、まさに江戸時代の「情報誌」のような存在でした。歌麿の美人画には、当時流行の髪型「灯籠鬢(とうろうびん)」や、「市松模様」の着物など、当時の最先端のトレンドが反映されています。

■まとめ

本日は、蔦屋重三郎と喜多川歌麿が手掛けた作品を中心にご紹介いたしました。浮世絵というメディアを通じて広がる江戸の美の世界を、少しでも身近に感じて頂けましたら幸いです。なお、今回ご紹介した蔦重と歌麿の代表作は、ほんの一部にすぎません。今回の卓話は、その魅力の入り口を少しだけご紹介しただけにすぎず、まだまだ語り尽くせないことがたくさんあります。

8月30日の美人画研究会では、蔦重と歌麿を中心に、さらに詳しく作品や背景を深掘りしてご紹介いたします。「初心者でも楽しめる浮世絵講座」(次回は来年1月下旬開催予定)では、浮世絵の魅力をより深くお伝えしますので、ご興味がありましたらぜひお気軽にお越しください。

〔参考〕今後の活動情報につきましては、インターネットで「畑江麻里」と検索していただくとホームページをご覧いただけます。また、Instagram(@hataetti)でも日々の活動を発信しておりますので、併せてご覧いただければ幸いです。