今回の卓話
皆様、本日はこのような貴重な機会をいただき、心より感謝申し上げます。株式会社ストリート・インサイツの安田佐和子と申します。
当社の社名「ストリート・インサイツ」は、私が2005年から2015年までの10年間、金融の最前線であるニューヨークで記者を務めていた経験に由来しています。私たちが分析の軸としているのは、アメリカ社会を構成する三つの「ストリート」です。
一つ目は、金融の中心である「ウォールストリート」(市場・経済)、二つ目は、ワシントンD.C.の「Kストリート」(政治・政策)、そして三つ目が、最も重要とされる、一般市民の声を反映する「メインストリート」(世間・世論)です。
この「メインストリート」の声を無視してしまうと、たとえば2024年の大統領選挙でトランプ氏が勝利する可能性や、今回の自民党総裁選で高市氏が新総裁に就任する流れを正確に捉えることはできません。従来のメディアが報じる「メインストリーム」の情報だけでは、現実を見誤る恐れがあるため、私たちはこの三つの視点から現実を多角的に分析しています。
さて、本日のテーマ「トランプ政権がもたらす不確実性と現実」についてですが、トランプ氏の行動は一見すると非常に不確実(Uncertainty)で、ビジネスに悪影響を及ぼす「めちゃくちゃ」なものと批判されがちです。しかし、実際には非常に合理的で明確な戦略が存在しています。
■トランプ流交渉術:MAA戦略と「TACOる」の真意
トランプ政権の通商交渉戦術の背骨となっているのが、**MAA(Mutual Assured Annoyance)**という考え方です。これは、ラトニック商務長官がかつて言及したもので、私の訳では「相互確証型諍い」と表現しています。冷戦時代の核抑止戦略(Mutual Assured Destruction、MAD)をもじったこの戦略は、極めてシンプルです。
一部では、トランプ氏が強硬な姿勢を見せたあとに最終的に妥協する姿勢を、金融業界の隠語で「TACOる(日和る)」と揶揄することがあります。しかし、トランプ政権にとって重要なのは、「交渉を始めたことによって実利を得ること」です。
たとえば、自動車関税を25%に引き上げると脅しながら、最終的に15%に抑えることで、相手国には「譲歩してくれた」と映りますが、元々は2.5%だった関税を大幅に引き上げさせているわけです。彼らにとっては、この「実利」こそが「結果オーライ」なのです。
このMAA戦略は、FRBへの度重なる利下げ圧力(パウエル議長を「トゥーレイト」と揶揄するなど)、Appleやインテルへの生産拠点回帰要求、さらには民主党との政府機関閉鎖を巡る駆け引き(ヘルスケア補助金延長問題)に至るまで、国内外で一貫して活用されています。
■ 「アメリカ・ファースト」の思想:国際経済体制の再構築
では、なぜトランプ政権はここまで強硬な手段を取るのでしょうか。その根本には、「新自由主義体制は持続不可能であり、国際経済・貿易体制を根本的に再構築しなければならない」という強い思想があります。
これは、ベッセント財務長官自身も明言していることであり、彼らの不満は次の三点に集約されます。
トランプ政権は、この国際経済体制を再構築するにあたり、各国をその親密さと協力度に応じて「緑のバケツ」「黄色のバケツ」「赤いバケツ」に分類し、対応を変えるとしています。日本が属すべきとされる「緑のバケツ」に入るためには、「価値観」「経済」「貿易」の共有に加え、「通貨目標の共有」という極めて重要な条件が課されています。
■「高市新総裁への「現実」的な要求
最後に、高市新総裁が直面する、トランプ政権からの「現実的な要求」について述べさせていただきます。トランプ大統領やベッセント財務長官は、高市新総裁の誕生に際し祝意を表明しましたが、重要なのはこの融和的な雰囲気がいつまで続くかという点です。
トランプ氏がかつて円安を「第三者による操作」として強く批判したこと、また政権が日銀に対して「金融政策が後手に回っている」とし、利上げを要求している事実を踏まえると、高市政権には早々に次の二つの厳しい課題が突きつけられる可能性があります。
これから行われる日米首脳会談は、高市政権がトランプ政権の「現実」とどう向き合い、日本の国益をどう確保していくのかが問われる、最初の試練となるでしょう。
トランプ政権は、単なる衝動や気分で動いているのではなく、明確な戦略と強固な背骨(国際経済体制の再構築)をもって政策を推進しています。私たちは、その不確実性の奥にある「現実」を深く理解し、対策を講じる必要があります。ご清聴ありがとうございました。


