第1736回例会:2025年10月16日(木)

今回の卓話

ちょっと気になるお金の話「7億ドルの男」

SMBC日興証券株式会社 / 東京山の手ロータリークラブ会員
青栁 浩

どうも皆さん、こんにちは。SMBC日興証券の青栁でございます。さて、卓話ということで、皆さま「金儲けの話をしてくれ」とおっしゃるのですけれども、私自身、株価は天気の雨や晴れのようなもので、勝ったり負けたりするもの。むしろ、どう負けないようにするか、という点が大切だと思っています。今日は「お金とは何か」、普段深く考えることのないテーマについて、皆さまと一緒に考えてまいりたいと思います。

■プロが語る「お金」の心理と裏側

まず、本題の前に、他に検討した「ちょっと気になるお金の話」をいくつかご紹介させてください。

  • 宝くじと人間の「思い込みの罠」
    10億円の宝くじが当たる確率をご存知でしょうか? 実は2,000万分の1と言われおり、落雷に直撃する確率(100万分の1)よりも遥かに低いのです。にもかかわらず、宝くじを買う時、「もしかしたら当たるかも」という期待を抱いてしまう。これは、人間が小さい確率を過大評価し、大きな確率は過小評価するという、行動経済学でいう「確率荷重」という罠に陥っている証拠です。健康診断で再検査になっても、「大したことないだろう」と軽く考えてしまうのも同じ心理です。お金との向き合い方には、このような非合理的な心理が常に潜んでいます。
  • 相続騒動の核心は「損失回避」
    私の本業の一つであります相続の現場の話をさせていただきます。芸能人や資産家の遺産トラブルがよくニュースになりますが、争いの核心は「誰が多くもらうか」ではなく、「自分がいかに損をしていないか」にあります。人間は得をする喜びよりも、損をする痛みを約2倍も強く感じると言われています。つまり、兄弟が100万円多くもらうと、自分は100万円損したと感じる。この「公平感」が崩れると、金額の大小に関わらずトラブルになる。この「損失回避」という心理に基づき、争いをどう収めるかが、我々プロの仕事になってくるわけです。
  • AIが監視している「税務調査」
    そして、これは少し恐ろしい話ですが、今や税務署はAIを導入しています。このAIは何を見ていると思いますか? 金額の大小や海外資産の有無ではありません。見ているのは、「人の行動パターン」です。例えば、「給与が変わらないのに預金残高が異常に増加している」とか、「同業他社に比べて経費率が不自然に高い」といった点です。昔の税務署員は一生懸命怪しい人を探しましたが、今はAIが統計学上の閾値を超えた「不自然なもの」を勝手に浮き上がらせてくれます。浮上したものを税務署員が調べて裏を取るわけです。きちんとやっている人は恐ろしくないですが、「恐ろしい」と思った方は、ぜひお気をつけください。

■ 「7億ドルの男」大谷翔平が選んだ「手段」

さて、いよいよ本題です。大谷翔平選手がドジャースと結んだ7億ドル、およそ1,120億円という巨額契約を題材に、私たちがお金についてどう考えるべきかを掘り下げたいと思います。
皆さまもご存知の通り、この契約で最も驚くのはその受け取り方です。最初の10年間は年間200万ドル(約3億円)に抑え、残りの巨額を引退後に後払いで受け取るというスキームを選びました。

■経済学から見た「520億円の損失」

経済的に見ると、この後払い契約は、極めて不利な選択と言わざるを得ません。まず、複利効果です。もし彼が7億ドルを最初に一括で受け取り、アメリカの金利である年5%で20年間運用したと仮定すると、アインシュタインが「人類の最大の発明」と呼んだ複利の効果により、元本は2.6倍となり、18億5,000万ドルという天文学的な金額になっていた計算になります。彼はこの莫大な機会を放棄したわけです。
さらに、現在価値の概念です。将来にわたって受け取る7億ドルを、現在の価値に割り引いて計算し直すと、その価値はたったの3億4,000万ドル程度にしかなりません。つまり、大谷選手は経済的に見れば、約3億6,000万ドル、日本円で約520億円もの損失を承知の上で、この契約を結んでいるのです。なぜ、彼はこのような「損な契約」を選んだのでしょうか。

■お金以上の価値を優先した3つの戦略

私は、この選択の背景には、お金を「目的」とせず「手段」とする彼の明確な哲学があったと考えています。

  1. チームの勝利と環境づくり(贅沢税の回避)
    MLBには高額な年俸総額に対し課される「贅沢税」があります。年俸支払いを遅らせることで、球団の年度内支出を大幅に抑え、贅沢税を軽減させることができました。そして、その資金が山本由伸選手のようなトップ選手の補強費に回り、チームを優勝が狙えるレベルにまで引き上げた。彼は、自分の契約によって「勝てるチーム」という、最高のキャリアを支える環境を自ら整えたのです。これは、契約額が半額になっても、それ以上の価値を生むという彼自身の計算だと思います。
  2. 合理的な税制戦略
    アメリカでは、連邦所得税(最高37%)に加えて、カリフォルニア州の州税(12.3%)が課され、年収のほぼ半分が税金で消えます。彼は引退後に州税のない州(テキサスやフロリダなど約10州)に移住することで、後払いで受け取る巨額の収入にかかる州税を回避する戦略をとるのかもしれません。
  3. 信念とキャリアの追求
    彼にとってお金はすでに十分です(スポンサー収入だけで年間50億円以上)。彼がお金よりも優先したのは、「安定して野球を続けられる環境」であり、「チームが勝つこと」「自分が活躍して信頼され、野球史上最高の選手になること」という揺るぎない信念とキャリアでした。お金は、そのための単なる手段に過ぎないのです。

■結論:私たちにとって「お金」とは何か

大谷選手は、「お金をどう使うか」「どんな目的で持つか」が明確だったからこそ、経済的な損失を厭わず、最も価値ある道を選択できました。翻って、私たち自身はどうでしょうか。将来の不安や備えという名目で、ただひたすらお金を貯め続け、最終的に通帳残高を最高額にしたまま人生を終えるようなことになっていないでしょうか。
お金は、それを持つことが目的ではありません。未来のために、お金を使って価値を生み出すこと、これが素晴らしいことです。最後に、皆さまにお伺いしたい。「未来のために私たちが今できる投資」とは何でしょうか。株式投資も不動産投資も、もちろん未来への投資です。しかし、ロータリークラブの米山記念奨学事業は、これらとは一線を画します。なぜなら、これは「人に投資する」事業であり、社会的にリターンを生み出すからです。
お金は手段であり、その先にある目的を見出すこと。今日の話が、普段あまり深く考えない「お金との向き合い方、つきあい方、使い方」を再確認し、より有意義な一歩を踏み出すきっかけになれば、これほど嬉しいことはございません。
ご清聴、誠にありがとうございました。そして、10月は米山月間でございます。この機会に、米山記念奨学事業へのご支援を重ねてお願い申し上げます。