第1754回例会:2026年4月2日(木)

今回の卓話

私を形作ってくれたもの

米山記念奨学生
劉 真 様

「劉真」と「まな」

皆さま、こんにちは。早稲田大学文学部で心理学を専攻しております、米山記念奨学生の劉真(リュウ・シン)と申します。普段は「まな」と呼んでいただいておいます。
この「まな」という名前には、私が人生の中で大切にしたい3つの思いを込めています。
一つ目は、「真(ま)」です。これは本名の漢字でもありますが、私にとっては、ただ真実を追い求めるという意味だけではありません。人に対して真心を持って向き合うこと、そして自分自身に対しては、どんな経験を重ねても天真さや純粋さを失わずにいたい、という願いを込めています。
二つ目は、「愛(まな)」です。周りの人や世界に対して、やさしさや思いやりを持っていたいという気持ちです。
そして三つ目は、「学(まな)」です。どんな場所にいても、どんな出会いの中でも、学ぶ姿勢を持ち続けたいという思いです。
振り返ってみると、これまでの私の歩みは、この三つの言葉に支えられてきたように思います。
本日は、私の故郷である中国・杭州のこと、そして日本に来てからの挑戦についてお話しいたします。

歴史とハイテクが交差する古都、杭州

私の故郷・杭州は、上海の少し南側に位置する浙江省の省都です。西湖という美しい湖で知られる街です。日本の方には、中国の一元札の裏面に描かれている風景の街、と申し上げると、少しイメージしていただきやすいかもしれません。
杭州は、日本との縁も深い街です。日本初の長編カラーアニメーション『白蛇伝』の舞台はまさに杭州ですし、2016年には安倍元首相も出席されたG20サミットが開催されました。
そんな杭州の大きな魅力は、歴史や自然の美しさと、急速な技術発展とが同時に息づいていることだと思います。
とりわけ2010年代以降、杭州はインターネットの波とともに大きく姿を変えていきました。モバイル決済、配車アプリ、シェアバイク、デリバリーサービスなどが急速に普及し、日常生活のあり方そのものが塗り替えられていったのです。私の実家の周辺でも、財布を持ち歩かなくても、アリペイ一つでバスや地下鉄に乗り、買い物をし、映画のチケットを取り、屋台でタピオカを買うことまでできました。便利さが特別なものではなく、日常そのものになっていく変化を、私はすぐそばで見てきました。
杭州の変化を見て育った私は、街が成長する姿の中に、どこか自分自身の未来を重ねていたのかもしれません。私自身も、この十年ほどの間に、何も知らない子どもから、自分の意思で進む道を選び取ろうとする大人へと変わっていきました。
そういう意味で、杭州は私の故郷であるだけでなく、私自身とどこか響き合う存在でもあります。

日本への好奇心と「自分を活かす」決断

私は小学校四年生の頃から日本のアニメが好きでした。
当時から使っていたペンネームは、「星空愛」と書いて「ほしぞらまな」です。まさか十年後、本当に「マナ」と呼ばれるようになるとは思ってもいませんでした。けれど今振り返ると、その頃から日本は、私にとってただの外国ではなく、心のどこかで静かにつながっていた存在だったのかもしれません。
高校時代、私は英語と国語では学年一位を取る一方で、数学や物理はあまり得意ではありませんでした。その経験を通して、苦手なものを無理に平均まで引き上げるよりも、自分の長所を伸ばした方が、自分もよりよく生きられ、やがては社会のためにもなるのではないかと考えるようになりました。
そして、自分にはどのような可能性があるのかを知りたいという思いから、独学で日本語の勉強を始めました。もともと人間という存在に強く惹かれていた私は、人の心や文化の違いを学びたいと思うようになり、やがて東洋と西洋の心理学が交わる日本で、心理学を学ぶことを志すようになりました。

孤独と挑戦、そして早稲田での飛躍

2022年4月、コロナ禍の只中、私は日本へ来ました。
防護服のような真っ白な服に身を包み、人影の少ない上海の空港から旅立った日の景色を、今でもよく覚えています。あの日の私は、期待と不安の両方を抱えていました。けれど、それ以上に、自分の人生を自分で切り拓いていきたいという気持ちの方が強かったように思います。
来日したばかりの頃は、京王線沿いの小さな部屋で、一人で生活を始めました。
Amazonで届いた段ボールに囲まれながら、新しい日々をどうにか整えていったあの時間は、今でも鮮明に覚えています。
母は当時の写真を見るたびに、今でも涙が出ると言います。
私自身も、あの頃は決して余裕があったわけではありませんでした。寂しさや不安がなかったとは言えません。
それでも、立ち止まっているよりも、まず前に進もうと思いました。寂しさを感じるたびに、むしろ新しい挑戦の中に飛び込んでいったように思います。
日本語学校を経て早稲田大学に入学してからは、勉強だけでなく、異文化交流センターでのイベント企画、ダンスサークルでの活動、さらにIT企業での採用人事インターンなど、さまざまなことに挑戦してきました。
自分の知らない世界に触れるたびに、自分の輪郭も少しずつはっきりしていくような感覚がありました。
大学の雑誌に留学生代表として掲載していただいたことや、学年でごく限られた人数しか選ばれない大隈記念奨学金を二年連続でいただいたことは、もちろん大きな励みになりました。
けれど、私にとって本当に大きかったのは、「異なる場所に飛び込んでも、自分は自分らしく努力できる」と少しずつ信じられるようになったことです。
現在、心理学の研究では、文化がどのように人から人へ伝わっていくのか、また人がどのように好みを形成していくのかということに関心を持っています。目には見えない心の動きを、実験や観察を通して少しずつ明らかにしていく学問に、私は大きな魅力を感じています。文化を理解することは、ただ知識を増やすことではなく、他者をより深く理解しようとすることでもあると私は思っています。そしてその関心の原点には、杭州で育ち、日本で学び、多くの違いと出会ってきた自分自身の経験があります。

責任を持って100%の力を

こうして振り返ると、私は順調にここまで歩んできたように見えるかもしれません。
しかし実際には、数え切れないほど壁にぶつかり、思うようにいかず、涙を流した日もたくさんありました。異国で生活すること、学び続けること、自分の価値を証明し続けることは、決して簡単なことではありません。それでも、そのたびに支えてくださる方がいて、信じてくださる方がいて、私はまた前に進むことができました。これらのご縁の重みを感じるたびに、私は感謝とともに、責任も強く感じます。
米山記念奨学生に選ばれたことも、決して当たり前のことだとは思っていません。何年も挑戦しては落ちてしまう仲間もいる中で、私はこの席を預かっているという重い責任を感じています。だからこそ、期待に応えるために、そして支えてくださるロータリアンの皆さまへの感謝を形にするために、これからも精一杯、100%の力で突き進んでいくつもりです。
私を形作ってくれた杭州の風土、日本での出会い、そしてこの米山奨学金というご縁。すべてを糧にして、世界に貢献できる人間へと成長してまいります。
本日は、温かく見守ってくださり本当にありがとうございました。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。