第1759回例会:2026年5月14日(木)

今回の卓話

470周年を迎えた着物づくり

株式会社千總
執行役員 最高ブランド責任者
斯波 大輔

アイデンティティの回帰

皆さま、こんにちは。京都の「千總(ちそう)」から参りました、斯波でございます。
ご紹介いただきました松本様には、日頃から当社の着物を本当に美しくお召しいただいておりまして、我々の最高のアンバサダーでございます。本日はこのような貴重な機会をいただき、心より感謝申し上げます。

三条烏丸から動かない470年

私たち千總は、昨年(2025年)に創業470周年という節目を迎え、今年(2026年)で471年目の歩みを進めております。470年前といいますと室町時代の1555年、川中島の合戦で武田信玄と上杉謙信が戦い、徳川家康が元服したとされる年でございます。
よく驚かれる千總のユニークな特徴が、二つございます。 一つは、現在の会長で15代目を数える歴史あるファミリー企業であること。そしてもう一つは、470年間、京都の「三条烏丸(さんじょうからすま)」という場所から、一度も引っ越しをしていないという点でございます。これは日本のビジネス史においても、非常に珍しいことだと言われています。
元々470年前の創業当時、私たちは「法衣(ほうえ)」と呼ばれる、お寺の方々が着られる衣や袈裟などをお作りする仕事をしておりました。

明治維新という「最大のピンチ」を救ったもの

そんな私たちのビジネスが突然、崩壊の危機に直面します。皆さまご存じの、明治維新に伴う東京遷都です。
天皇陛下が東京に移られ、お付きの公家たちや権威あるマーケットが京都から去ってしまったのです。京都の街は、大ピンチに陥りました。天皇陛下を追いかけて東京へ進出された老舗もありましたが、私たち染色の関係者の多くは、京都を離れることができませんでした。なぜ、東京へ行けなかったのか。理由は大きく二つあると思っています。
第一に、着物づくりの「複雑な分業制」です。 一枚の着物が出来上がるまでには20以上の工程がございます。そして、その全ての工程に専門の職人が独立して存在しているのです。建築に例えるなら、木造を作るチームと鉄筋を作るチームで職人の顔ぶれが全く違うのと同じように、白い着物を作る職人と黒い着物を作る職人でさえ異なります。この何百人という職人集団が同じ場所で動かないと、着物をつくるのが難しかった。
第二に、「京都の水」の存在です。 着物づくりの多くの工程では、大量の水を必要とします。職人たちは皆、京都の豊かな地下水を使って染め、洗います。同じ京都の水で全員が仕事をするからこそ、あの美しい発色と統一感が生まれる。つまり、物理的にも環境的にも、京都という土地から動くのが難しかったのではないかと。
しかし、この大ピンチの後に、思わぬチャンスがやってきます。明治に入ると着物が「一般の人々も自由に選択できるファッション」として扱われ始めたのです。
それまで、身分制度によって「お姫様しか着ることができなかった」ゴージャスな色柄や技法が、憧れのファッションへと解放されました。そこで千總が仕掛けたのが、今でいう「デザイン・コラボレーション」でした。
当時、東京遷都や廃仏毀釈などで襖絵や天井画の仕事がなくなっていた京都のトップアーティスト(日本画家)たちに声をかけ、友禅製品の下絵制作を依頼したのです。京都の最高峰の画家たちによるデザインと、職人たちの技巧が融合させたことで千總の友禅は新しい時代を築きました。土地に残り、機を逃さなかったことでピンチをチャンスに変えることができたのではないかと思います。

デジタル時代だからこそ刺さる「手仕事の温かみ」

現代において、「着物は面倒だ」というお声を多くいただくのも事実です。しかし、このグローバル化とデジタル化が極限まで進んだ現代だからこそ、私たちは「手仕事」の価値をもう一度信じています。
私たちは、ただ一言「綺麗だ」と思っていただきたくて、手仕事にこだわっています。
例えば、デジタルで「直線を引いてくれ」と機械に頼めば、完璧な直線が引けます。なぜならピクセルの世界だからです。しかし、人間の手で「直線を引こう」と筆を動かしたとき、どれだけ研ぎ澄まされた職人であっても、100%完璧な直線は引けません。そこには必ず筆圧の移ろいがあり、呼吸による揺らぎが生まれます。
この「均一ではない温かみや愛情」こそが、人の心に響く本当の美しさではないでしょうか。顕微鏡で見なければわからないような微細な色の濃淡や染料の深みが、見る人の心に「刺さる」のだと信じております。

世界へ羽ばたく日本の美

最後に、プレスリリースされたばかりの最新の取り組みをご紹介させてください。
サントリーさんのウイスキーブランド「響(HIBIKI)」の、初となる世界規模のグローバルキャンペーンが始まります。そのアンバサダーに、ハリウッドで大活躍されている女優のアンナ・サワイさんが就任されました。その世界向けプロモーションにおいて、彼女が纏う特別な着物を「サントリー響 × 千總」として、私たちがコラボレーションさせていただきました。
ニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港にこの着物が美しく展示され、日本のものづくりの文脈が世界へと発信される予定です。着物が日本の美意識の象徴として世界に共感していただける、新たな時代がやってきたと感じております。
皆さま、もし京都に来られるチャンスがございましたら、千總の本店へ、ぜひお気軽にお立ち寄りください。

本日は誠にありがとうございました。