今回の卓話
感謝の点鐘を前に
皆さん、こんにちは。会長の天野でございます。本日は本年度の最終例会ということで、私に「一年間の振り返り」というテーマでの卓話の時間をいただきました。
先ほど閉会の点鐘を前に、皆さんのお顔を一人ひとり拝見しながら、この1年間がどれほど激動であり、また同時に私の人生の中で最も濃密で幸福な時間であったかと、深い感謝の念が込み上げてまいりました。至らぬ私を支え、共に走り抜けてくださったすべての会員の皆さん、そして事務局の高野さんに、心からの御礼を申し上げます。私は会長をお引き受けする前から、皆さんにずいぶん助けていただきました。そして、幹事を務めてくれた熊森さんには、私が病気で十分に動けなかった時期も含め、ほぼすべての会議、準備、事業に出席していただきました。私が安心して会長職を務めることができたのは、熊森幹事の存在があったからです。熊森幹事は、間違いなく私の右腕でした。本当にありがとうございました。
創立40周年記念事業の舞台裏と仲間たち
今年度は我がクラブの「創立40周年」という記念すべき節目でございました。「天野さんの40周年には、普通のロータリーの倍以上のことをやろう!月に一回は何か仕掛けよう!」そう言って、会長就任前から私に発破をかけてくれたのが、実行委員長を務めてくれた後藤さんでした。
そして、11年前、私が当クラブに入会して早々にTogethersの素晴らしさを教えてくれたのが、そのパイオニアでもあり、副実行委員長の川合さんでした。10期前に初めての挑戦となるTogethers体育祭を指導し、私を最初に40周年の会長に推してくれたのも川合さんでした。
大きなプレッシャーもありましたが、お二人のおかげで例年以上の素晴らしい奉仕・親睦事業を展開することができました。
振り返れば、私の年度の事業は、いつも吉岡俊樹さんから始まりました。年度の始まりは「山手歌謡祭」、2026年 年明けの「合同賀詞交換会」での着物グランプリなど、華やかなスタートが起爆剤となり、クラブ全体に素晴らしい勢いが生まれました。
40周年の記念夜間例会では、高村さんに名取さんと袰川さんを引っ張っていただき、素晴らしい記念フィルムを作っていただきました。当日は総勢230名を超える大パーティーとなり、あの会場が熱気と笑顔で満たされた光景を見たときは胸が熱くなりました。高村さん、最高の企画をありがとうございました。
また、親睦委員長を務めてくれた市川隆さんは、この1年間、間違いなく私の「左腕」として支えてくれました。市川さんの高い危機管理能力と緻密な計画性がなければ、これほどすべての行事を見事に成功させることはできませんでした。
忘れられない奉仕事業と親睦の絆
今年度の奉仕事業・親睦活動も、本当に思い出深いものばかりです。先日のバス旅行も本当に楽しかったですね。山崎さんは、大きな行事のたびに「無事に終わったね、よかったね」と優しい個人メールをくださいました。私はそのメールを読むたびに、嬉しくて心の中で泣いておりました。明日には、吉岡桂輔さんと共に「光明学園」へ図書の寄付に伺うことになっております。ボッチャ大会の嚆矢 吉岡桂輔さんの熱い想いと共に、明日また素晴らしい奉仕の形を届けられることを誇りに思います。
2025年10月には、始めて花火大会に挑戦しました。西村翔士さんの提案で横山雅也さんの経営される多摩川ゴルフクラブの敷地を使わせていただいた花火大会は内外ともに素晴らしい反応をいただきました。特に小原裕樹さんには、直前まで認可をもらえなかった行政への粘り強い交渉と打上げ業者との折衝にご尽力いただいた影の立役者となり大会を成功へと導いてくれました。心より感謝いたします。
続く11月には、恒例のボッチャ体験会を都立光明学園に於いて、宇井安信さんのリードで開催し、成功裡に収めることができました。ありがとうございました。
また、12月のクリスマス夜間例会では、佐々木悟さんに演者 クレアスの2人のライブに何度もお付き合いいただき、音響を勤めていただき、さらにクレアスの2人へのライブでは毎回お祝いの花束をご用意いただいたばかりか、クリスマス例会当日の皆さんのお土産の花束まで、自費をもってご用意いただきました。本当にありがとうございました。
そして26年3月の観桜会では、再び小原裕樹さんに実費を遥かに上回る見事な桜の木々を会場にセットしていただき、演者のリーダー三味線の今藤長達郎先生との打合せにも佐々木悟さんとともにご協力いただきました。おかげをもって華やかな観桜会を開催することができました。心より感謝申し上げます。
そして、遡って2025年11月、井上豊乃さんには大絶賛だった「出雲・島根への親睦旅行」を完璧に計画していただきました。さらに、直近の「山手甲子園」においては、堀江さんには自身の会社で独自に開発したユニバーサルベースボールをもって獅子奮迅の活躍をしていただきました。また、竹山さんに元プロ野球選手の今江さんをゲストとしてお招きいただき、PL学園黄金世代の野球談議や関西弁での気さくなお人柄に触れ、一発でファンになってしまいました。素晴らしい縁を繋いでいただき、本当にありがとうございました。
そして、ソングリーダーのトップを勤めていただいた松本ニシキさん、1年間お疲れ様でした。ソングリーダーの役割分担を明確にし、またことある事に「我らが家族」をその日のソングに採用したいただけたおかげで、「我らが家族」が皆さんに覚えてもらえ、ポピュラーなものとなりました。ありがとうございました。
また本年度の最終事業として「40周年記念誌」は、青栁さんを中核に安福さんをはじめ多くの方に編集していただいております。素晴らしい記念誌が完成することを期待しております。どうぞよろしくお願いいたします。
病を乗り越え、責務を全うできた「奇跡」
ここで、皆さんにどうしてもお伝えしたい、私個人の「奇跡」の話がございます。実は私は、会長としての活動を本格的に始める直前の昨年の4月頃まで、大きながんの病気を患っておりました。治療を経て寛解を迎えたのですが、その後、どうしても激しい咳(せき)が1ヶ月以上も止まらなくなってしまったのです。医師からも抗がん剤の後遺症だと言われ、言葉を発するのも苦しい状態で、「これではとても1年間、マイクの前に立つことなんてできない」と絶望しかけていました。
その時に、藁をもすがる思いで仲間に相談したのです。すると、藍澤さんが優れた漢方薬を紹介してくださり、それを追うようにして、三宅さんが「これを試してみて」と、大変高級な水素水を1ヶ月分プレゼントしてくださいました。
この漢方薬と水素水を使い始めたところ、わずか1ヶ月であれほど苦しかった咳がピタリと収まったのです。お二人の温かい支援がなければ、今の私はここに立っていません。命を救われ、役割を全うさせていただいたことに、言葉では言い表せないほどの感謝をしております。
現代の厄年は「65歳」――私を救ってくれたロータリー
最後に、私から「厄年」と「ノルマ」について少しお話をさせてください。
人生100年時代、日本の男性の平均寿命が82歳を超えている現代において、本当の厄年は間違いなく「65歳」です。日本では65歳から正式に「高齢者」と呼ばれるようになりますが、身体的・環境的な変化が訪れるこの年齢こそが現代の厄年です。実は、私ががんを宣告され、精神的にもどん底に突き落とされたのは、ちょうど2年前、65歳を迎えたときでした。
そんな私が、なぜもう一度前を向き、こうして元気に1年間を駆け抜けることができたのか。それは、このロータリークラブの会長職という「与えられた責任感」、そして皆さんの温かい励ましがあったからです。もし私が今年度、会長という大役を任されていなければ、ひょっとすると私はもうこの世にいなかったかもしれないと、本気で思っています。皆さんが、私に生きる力を与えてくれたのです。
「夢」から「目標」へ、そして「信頼のノルマ」へ
貧乏な家に生まれた私の若い頃の夢は、自分で会社を立ち上げることでした。必死に努力し、その夢を「目標」へと手繰り寄せ、さらにそれを絶対に達成しなければならない「自己のノルマ」へと昇華させ、30年前に独立を果たしました。
しかし、人生には、自分の意志とは関係なく、周りからの信頼によって「与えられるノルマ」があります。このロータリークラブにおける「幹事」や「会長」という順番もまさにそれです。これから次々期のリーダー指名に関わる手続きが進んでいきますが、そこで指名されることは、一見すると重い「ノルマ」に感じられるかもしれません。しかし、それは周囲からの圧倒的な「信頼の証」です。もし皆さんの中で、今後そうした大役に推された方がいれば、どうか喜んで受けていただきたいのです。
私のような男が、皆さんに支えられて会長を無事に卒業していく。その事実そのものが、後に続く若い後進を育てることに繋がると確信いたしました。新しいリーダーが生まれ、それを皆で支えるサイクルが続くことこそが、我が東京山の手ロータリークラブが輝き続ける唯一の道でございます。
皆さん、どうか恐れることなく役職を引き受け、今後とも互いに仲良く力を合わせ、素晴らしいクラブを作っていってください。私のわがままをすべて受け止め、最高の1年間をプレゼントしてくださったすべての会員の皆さんに、重ねて御礼申し上げます。7月からの片岡会長エレクトの新年度も、素晴らしいものになることを確信しております。1年間、本当にありがとうございました!





